第20話 クラブ員自己紹介⑦

「では、最後の安子だが、『口偏に漢字の十と書いて、何と読む?」


「かのう」、「かのう」かな。「かのう」

「かのう」です。「しる」、「かのう兄弟のかのう」


「しる(汁)」と自信満々に言った者がいたが、本人の名誉のため、ここでは名前を伏せておく」


「汁は、さんずい。口に十で、『おしゃべり』だ」


「監督、生徒には、正しい事を教えてください。ここは学校ですよ」

と、瞳コーチ。・・・ではなく、人愛コーチだった。驚き!


「すまなかった」・・・(意外と素直)驚き2!

口偏に十で、『かのう』だ。

音読みでは『キョウ』、訓読みでは『かな』う となるが、人名では、『かのう』と読まれる事が多い。わかったか? しおりん」


「結局、名前バラしとるし」


「待たせたな。では、叶 安子かのう やすこだが、愛称は、出世魚シリーズ

『やすこ』→『あんこ』→『しるこ』(汁子)だ。」


なぜだか、安子がホッとした顔をしている。


<やはりな>


「ところで、やすこ。身長は何センチだ?」


「185です」と、小さな声で答えた。


「185cmか。すごいな。俺と、ほぼ同じだ」


「体重は?」


「ちょっと、監督!、それは無いんじゃないですか!」

「デリカシー無さすぎ!}

「女性に、しかも思春期の女子高生に対して聞く事ではありません!」

「何考えてるんですか!」

「安子に謝ってください!」

「監督だからって、何言ってもいいというものではないでしょ!」

「失礼な、大人として恥ずかしくないですか」

「学校側に報告しますよ!」


 コーチ陣はもとより、クラブ員からも、怒涛のクレームが飛び出す。


「みんな、少し黙っていてくれないか」


 静かな言い方ではあったが・・・

一言で、周りの者を黙らせる、圧倒的な迫力! 威圧感!

葉山の気迫に押され、誰も、何も言えなくなってしまった。


「やすこ、今の体重は?」


やすこは、下を向いて黙り込んでいたが、何かを決意したかのように、顔を上げて

「102kgです」と、予想以上に大きな声で言う。

男子コートにも聞こえたようだ。ざわついている。


「標準体重は、「身長(m)×身長(m)×22」で計算するから、やすこの場合は、

1.85×1.85×22=75.3kgか。102-75で、27kgのオーバー。

BMI は、 体重(Kg)÷ 身長(m)2 だから、

102÷(1.85×1.85)=29.8か。

平均値は、22だから、7.8オーバー。

上半身よりも下半身が太いから、原因は、水太り またはセルライト太り。わかりやすく言うと、脂肪太りで、下半身に脂肪がたっぷり付いているタイプだな」


「やすこ」


「はい!」しっかりと、監督を見て、やすこが返事をした。


「なんとかなるぞ!、まあ、お前次第だがな」


「コーチ陣は、会うのが今日が初めてだからわからないだろうけれど・・・

キャプテンナナミー、やすこのランニング どう思う。なにか気づいた事あるか?」


「はい、第3グラウンドまで、ランニングした場合、私たちより40分ぐらい遅れて、帰ってきます。スタートの時点で、もうついてこれない状態です」


「そうだな。その他には?」


「特にありませんが」


「では、副キャプテンのあべち、何か気づいた事は?」


「ナナミーと一緒ですが、いつも苦しそうで、倒れないかと心配です」


「二人ともありがとう。・・・・・

やすこ は、ランニング中、決して立ち止まらない。お腹を押さえながらでも、その歩みを止めない。

 みんな、この事を知ってたか?

最初は、野球部の工藤監督が、その事を教えてくれた。その後も、工藤監督に、やすこの様子を見てもらうよう、お願いをしていたが、やはり、立ち止まった事は無いという事だった。

 話は変わるが、こういった整列をしている時、やすこが、時々、グラグラとフラついている事に気づいていたか?

たぶん、『つまさき立ちダイエット』の事でも知って、実践しているのだろう。

な、やすこ。さっきも、つま先立ちしてたもんな」


「俺は、それらの様子を見て、『やすこの決意』を感じた。

やすこ、もしよかったら、今、自分の思っている事を、みんなに話してくれないか。

無理にとは言わないが。

 下手な同情などするつもりもない。ただ、自ら、自分の決意を言う事で、より奮い立つ事ができる場合がある。そして、全ての思いを打ち明けるということは、仲間からの変な誤解を受ける事も防げ、自分自身の逃げ場を、自分で塞ぐ事にもなる。

 それが、最終結果として、どうなるかまでは、わからないが、俺は監督として、今、それをする事が、やすこにとって、BESTな選択だと思っている。

どうだ? やすこ」


「はい・・・・・」


「わたし・・・わたし・・・

みんなに迷惑かけたくない。でも、何やっても、みんなについていけないし。

メンバーが12名しかいないのも、すごいプレッシャー感じてます。

誰か、私とペアにならなきゃならないし。

私と組むの、絶対に嫌だろうなって。

・・・どうして、こんなに苦しまなきゃいけないんだろうって考えた時、それは誰のせいでもなく、全部、自分のせいだし・・・・・・・・・・・

 

やすこ が、声を詰まらせ、泣き出してしまった。


「やすこ、どうして、そういう体になった。

ここまで言ったんだ。そこらへんの事も聞きたいが」


しばらくして、すこし落ち着いたのか

「はい、小学校3年生の頃から、グングン身長が伸び出して、両親もそれがうれしくて、褒めてくれて、どんどん食べる量が多くなっていきました。小学校の内は、身長が高くなるのみで、太っているという事はなかったんだけど、中学生になって、夜の勉強中、インスタントラーメンや、お菓子を一杯食べるようになってしまって・・・・

 動けるうちは、まだ良かったんだけど、そのうち、動くのもしんどくなって。

でも、食べる量は減るどころか、どんどん増えていって・・・」


「もういい、だいたいわかったから。

このままじゃいけない!って気づいたんだよな。

そして、ここに、入部してくれた」


「はい、自分を変えたくて。

テニスは、ジュニアの時と、中学2年までしてました。

テニスは好きです。

 何もしないままだったら、自分を変えられないどころか、今よりもひどくなるんじゃないかって考えたら、何かしなくちゃっていう思いにかられ、後先考えずに、入部してしまいました。

 みんな、ごめんなさい。ごめんなさい」


「謝る事なんかないよ、やすこ。 これから、どうなりたい?、どうしたい?」


「・・・・痩せて、みんなと同じ練習が出来るようになって、試合に出られるようになって・・・叶うなら、試合に勝ってみたいです」


「よし!、よく言った。その一言が聞きたかった。

お前の思いは感じていたが、やっぱり言葉として聞けた方がいい。」


「ナナミー、この前、やすこ と乱打したよな」


「はい」


「その時、すごいボールが返ってきたろ?一度っきりだったが」


「はい、ボールが弾んでからの伸びがすごかったです。ラケットを振る暇もなかった。気が付いたら、もうボールが、体を通り過ぎていました」


「だろ、すごいボールだった。ああいうのを『生きた球』と言うんだ。

たまたま、構えた所に飛んできた、シュートを打つのには、おあつらい向きのボールだったから、やすこでも打てたのだが、それにしても、すごい球だった。

 やすこ、たった一球だったが、体重の乗った素晴らしいボールだったぞ。

俺は、1球でも打てたのなら、また打てるはず と考える。

自分を信じろ!お前はすごい選手になる」


「ナナミー!」


「はい!」


「今は、簡単に、やすこに勝てるが、半年後、1年後はわからんぞ。こてんぱんに、やすこにやられるかもしれん。だから、半年後を想定して、今後、コーチのすごい球を受けまくれ。

 そして、それ以上の球を打ち返えせる様になれ! コーチはみんな、全国クラスの選手だ。簡単にはいかんがな」


「はい!」


「他のメンバーも一緒だ。今は今だ。でも明日は違うかも知れん。というか、明日は違っている。やすこに追い越されたくはないだろ?追い越されたくなければ、どうしたらいい?」


「練習するしかありません」


「そうだ! その通りだ!」


「やすこに足りないのは『自信』だ。自分を信じる事。ただ、自信を持てと言葉で言っただけでは、自信など持てる訳もない。

自信をつけるために、自分で出来る事、やってみたい事、やった方がいいと思う事は全部やれ!自分でやらなきゃ、自信などつかんからな」


「はい!」


「それともう一つ、お腹が痛くなった時は、休め。そういった時に立ち止まるのは、『自分に負けた』ことにはならない。無理をすると、体を痛めて、テニスが出来なくなってしまう事もあるからな。」


「はい、わかりました」


 そして、葉山は、男子コートの方へと向かった。


「小田先生、申し訳ありませんが、生徒をここへ、集合させてくれませんか?」


「了解」

「おい、全員集合!」

「はい!」


男子生徒が、葉山の前に集まった。


「先ほどの、やすこの声、聞こえたよな。あいつ、わざと、男子に聞こえるほどの、大声で言いやがった。それがどういう意味を持っているかわかるか?

 並大抵の決意じゃないぞ! 自分の体重をあんな大声で言うなんて。

今の自分を変えたくて、必死なんだ。

 今のやすこを、笑いたいやつは、笑え。止めはしない。

ただ、半年後、1年後、必ず、そいつは後悔する事になる。

言い方は良くないかもしれないが、いい女になるぞ、やすこは。

ただし、そうなっても、今のやすこを笑った者は、彼氏になる資格はないがな」


「俺、安子の彼氏に立候補します」

突然、1年生キャプテンの、如月 孔明きさらぎ こうめいが言い出す。


<おいおい!そこまでは、俺も想定してなかったぞ。突然、公開交際宣言するなんて。今の高校生はわからん>


 その声は、やすこをはじめ、女子コートにいた全員にも聞こえていた。

もう、やすこは、顔を真っ赤にしている。


「安子と俺は、幼馴染なんです。小学校の3年までは、よく一緒に、遊んでいて。

 安子は、ボーイッシュで、とても活発で、その頃から好きでした。でも、安子の方はどんどん身長が高くなっていって、俺の方はチビのままで。そのうちに、だんだん一緒に遊びづらくなって。中学生になると、家が近くなのに、お互い避けるようにもなりました。でも、俺も、185cmになった。安子と同じだ。

 安子の、エキゾチックな顔立ちが好きだし、本当はとっても明るい、活発な女の子だから、一緒にいて楽しい」


ここまで言うと、おもむろに、如月が、安子に向って言う。


「安子、半年後、俺と付き合え。いいな!」


もう女子コートは、キャーキャー状態!


「これって、公開プロポーズだよね」

「違うよ、公開交際申し込み!」

「キャー、うらやましい!」

「やったね、やすこ。頑張れる理由が増えたね」

「そうそう、ここまで言われたら、やるっきゃないね、やすこ」

「あー私も、あんな事、言われてみたい」

「テレビドラマでも無いわ! こんな事」


<こいつ、やすこを守りやがった!

 あのまんまだったら、男子の誰かは、やすこの事を、学校の中で言いふらしただろうからな。

 でも、1年生キャプテンの孔明が、彼女宣言をした事で、少なくとも、他の部員は、黙っているしかないだろう。

 俺が、でしゃばるまでも無かったか。

女子の諸葛孔明が、あべちなら、男子は、文字通り、如月孔明が、諸葛孔明だな。

小田先生からは、学年でトップテンに入る頭のいい子だとも聞いていたし。

・・・・・まあ、やすこの巨体は目立つから、いづれは学校内で、なにかしらの嫌がらせ的な事は、言われたりするだろうが、少なくとも、テニス部の男子・女子の面々は、やすこを守ってくれるはずだ。

自分のためにも、みんなのためにも、負けるなよ、やすこ>








 






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