第8話 コーチ陣自己紹介①
「はじめまして。長谷 瞳と言います。よろしくね」
(左手にラケットを握りしめたまま、挨拶を始めた。)
「お願いします」 元気のいい声が返ってきた。
「国道沿いにある、喫茶『しらかば』って知ってる?」
「知ってまぁ~す」 ナナミーが答える。
「夫が、経営しているお店なんだけど、私は時々お手伝いする程度で、子供は、もう二人とも働いているので、ほぼ毎日ここへ来れると思います。
3年生の時に、インターハイ団体・個人とも準優勝し、その後、西芝姫路という社会人クラブで、キャプテンとして天皇杯と国体に優勝したのが生涯最高成績かな。
コーチは、高多高校で経験済みだから、まぁ、まかしときーで感じね。
それと、コーヒーお安くしとくから、家に帰ったら、お店の事、宣伝しといてね。」
<なんか、とってもフレンドリーで、優しそうなコーチで良かった>
ほとんどのクラブ員がそう感じていた。
おもむろに、長谷コーチが、左手に持っていたラケットを右手に持ち替えた。
すると・・・・・・
<優しかった表情が、見る見るうちに、邪悪な妖精マルフィセントのほほ笑みへと変わっていく。恐ろしやぁ~。これが噂に聞く、『瞳の微笑』か。これを見た者は、石にされるか、魂を抜かれ・・・
バキッ! マルフィセントこと、長谷の右ストレートが葉山の胸に突き刺さり、あばら骨が砕け散る音が聞こえた。そして、葉山がその場にもろくも崩れ落ちる・・・長谷先輩はスタンド使いだったか!>
てな事は、葉山が勝手に思った事ではあったが、長谷コーチの表情が、険しくなったのは、皆が感じた。
「最初は、みんなとワイワイ、楽しくやって行こうと思ったけど、・・・・・
『楽しいって何?』って考えたの。
やっぱり、試合で負けたらくやしい。
『テニスが楽しい』 って感じたかったら、頑張って、頑張って、練習して、練習して、何度負けても立ちあがって、また練習して、そして試合に勝つ。
これしか、ないと思うの。
みんなに勝たしてあげたい。そのためには、言いたくもない事も言って、ガンガンみんなを追い込んでいく。まだちょっとしか、みんなを見てないけど、残念ながら、よっぽど頑張らないと、地方予選も勝ち上がれないレベル。
今はね。
でもね。すごいよ、これだけのコーチ陣。そして、これだけ体格のいいクラブ員、なかなか集まらないよ。
絶対に、私たちが強くしてあげる。
だから、私たちを信じて、ついてきて。いい?」
「はい!」 全員が大きな声をあげる。
<俺が、初めてこのコートに来て、しゃべった事と同じじゃん!
ああ、長谷先輩と、思いは一つ、一心同体、相思相愛・・・>
バキッ! 今度は、強烈な右アッパーが、葉山の
「長くなるから、今日の所はこれくらいにしとくね。」
次は・・・
「藤井 穂乃香です。長谷先輩には、1年間しごか・・・指導を受けたおかげで、インターハイは、団体3位、個人は準優勝です。
卒業後は、みんなも知っていると思うけど、スポーツメーカーの『ヨネッスケ』で、テニスを続けていて、アジア大会優勝・国体団体優勝と個人は2位が最高でした。
主人は、駅前にある『藤井外科・内科医院』の医院長なので、当院へお越しの際は、特大注射1本サービスしとくからね。
「やったぁー」と、しおりん。
<ここにもいた、ど天然キャラ>
「藤井先輩って、病院長夫人だったんですね。いいなぁ~」
と、桜井 天音コーチが言う。
「あっ、ちょっと待って」と、葉山が会話をさえぎった。
「コーチ陣へお願い。コーチは全員、ここの卒業生だから、先輩後輩という意識がどうしても出てしまうと思うけれど、みんな、もう立派な社会人だし、クラブ員から見たら、コーチ以外の何者でもないので、学校へ来た時はもちろん、打ち合わせや、試合の時など、テニス関係で集まった時は、お互い、『コーチ』と呼び合うようにしよう」
「その方が、いいですね」と長谷コーチ
「先輩後輩というのが、色濃く出てしまうと、コーチの個性を殺してしまうかもしれないし・・・私たちの目指す所は一つだから、お互い遠慮せず、意見を出し合って、自分の信じる指導をして行きましょう。それで結果が出なければ、じゃあどうしようかと話し合っていけばいいだけの事なので」
「はい 長谷コーチ」と大きな声で、ジンジンが言う。
<お前が真っ先に言うかよ> と葉山は思ったが、<まあ、いいか>
「話をさえぎって悪かった。では続きをどうぞ。藤井コーチ」
「あっ、ちょっと待って。コーチを呼ぶ時、姓で呼ぼうか、名前で呼ぼうか・・・・・統一しといた方がいいよな・・・」
「よし。名前で呼ぼう!。だから私の場合は、俊博監督だな」
「えーーーやだぁーーー」 と、軽部 理子が言った。
「なんでやねん」
「言いにくいやねん」
・・・・・
「確かに」と葉山
「では、私以外は、名前で呼び、私の場合は、『殿』または『ボス』って呼ぼう」
(なんで、なんでそうなるかなぁ~)
「またまた、話をさえぎって悪かったね。では、穂乃香コーチ、どうぞ!」
「長谷せん・・・長谷コー・・・瞳コーチには、1年間しご・・・1年間指導を受け・・・」
「そこからぁ~。このペースだと、今日中に終わらんがね」と、真由香コーチ
「ナイス突っ込みぃ~、真由香コーチ」と天音コーチ。
「あっ、そうそう。私と真由香コーチは、現在、地元社会人クラブ『多岐ソフトテニスクラブ』で、ペアを組んでいる間柄ね。
で、特大注射の他に、定期券も格安サービスしとくね」
「ない。無い。病院に定期券など無いからねー。みんな信じちゃだめだよ」と真由香コーチが、真顔で言う。
<またもや発見!ど天然キャラ>
「ちなみに、副コーチに指名されていて、その他に、サーブ・レシーブ担当コーチも任されているから、よろしくね」
葉山が、よせばいいのに、また話に割って入る。
「あっ、そうそう。長谷コーじゃない、瞳コーチと相談して、技術担当も決めてある。例えばサーブ担当とか、ボレー担当とか。技術指導は、その担当コーチが中心に指導を行っていくが、他のコーチも、それぞれの技術コーチに遠慮せず、どんどん自分なりの意見・指導を行っていってください。
クラブ員からすれば、コーチによって言っている事が違う!という場面が多々あろうかと思うが、【自分に合った物を自分で見つけていく】という事が非常に大切な事だから。もう一度言うよ。自分に合った物を自分で見つけていく。いいね。
多分、各コーチの言う事は、どれも正解。
ここに居るコーチ全員、素晴らしい技術の持ち主、素晴らしい実績の持ち主ばかりです。間違った指導はしない。
でも、人それぞれ体格が違う。得意・不得意もある。とりあえず指導を受けたら、それを実践してみて、その中で自分に合った物を見つけていく。
これが、ポイント。出来なかった場合でも、コーチのせいにしない。いいね」
「はい!」とクラブ員全員。
「では、続きをどうぞ」
「ここで、テニスをしてた時、きつかったなぁ~」と言って、瞳コーチを見る。
「でもね、今の自分があるのは、その時、歯を食いしばって頑張ったから。
これは、後になってからしか、わからない事かもしれないけど、頑張った事は、必ず自分の力になって返ってきます。
目標は高く持ってください。それだけで、随分変わってきます。
自分には無理 とか 自分はここまで とか思わないで。
自分で勝手に限界を作らないで。
私の話は以上です」
葉山には、これから副コーチとしてやっていく自分に向けての決意のようにも聞こえた。
瞳コーチも、なんだか満足の笑みを浮かべているように見えた。
(ちなみに、先ほど葉山が受けた、あばら と あご へのダメージは回復しつつあった。この男、意外と打たれ強い)
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