第6話 楽しみだな
4月18日(火)・・・
葉山は、お客様との打ち合わせと称して、早お帰りし、多岐商に顔を出した。
(秘書の麗華は、社長が最近、何かこそこそとやっているようなので、心配になって、今痔総務部長に相談した。
「最近、社長の動きが怪しいんですけど」
「愛人でも出来たとか」
「ない、無い。そんな物好きな女の人は、いませんよ」
「そりゃ、そうだ」
「わっはっはー」
(業績が好調な会社は、大体こんなもんよ・・・知らんけど。)
・・・・・・
「準備運動は、もう済んでるか?」
「はい、終わってます」
「よし、では各自ラケットを持って、まずは、フォアハンドの素振り。
自分のペースでいいから、自由にやってくれ」
「はい」
12名がコートに広がり、素振りを始めた。
<ほうほう、なるほど、なるほど、ふむふむ、んー>
<こりゃぁ 楽しみだ>
ダイヤの原石を、まとめてゴロゴロと発見した気分というか、
何も無い大きなキャンバスに、これから素敵な絵を描く気分というか、
5分後
「よし、やめー」
「5分、いや10分、休憩」
「はい」
半数ぐらいが、その場にしゃがみ込んだ。
<5分の素振りで、しかも自分のペースでやって、この状態か>
休憩が終わり
「じゃぁ 次はバック。急いで振らなくていい。こちらは、みんなのフォームを見たいだけだから。」
「じゃぁ、はじめて」
「はい」
富士山の頂上目指して、竹馬で登り始めたというか、
田沢湖(日本一深い湖)に落としたダイヤを、潜って取りに行くようなというか
だんだん、不安な気持ちが大きくなっていく。
<ありゃぁ~ 思っていたよりも、振れてないなぁ~>
きちんと軸足を決め、体の回転でフォア・バックともスイングが出来ていた子が2名、そこそこの子が4名、残り6名は、とっても個性的なスイング。
「はい、やめて。10分休憩したら、次は、乱打ね」
「はい、ありがとうございました」
全員、ジュニアもしくは中学から、ソフトテニスをやっていたと事前に聞いてはいたが・・・高校受験のために、テニスからしばらくの間、離れていたのを差し引いても体力が無さすぎるように感じた。
うまい具合に、前衛6名、後衛6名の入部だったので、いろんな面で都合が良かった。
「前・後衛に分かれて乱打に入れ。センターは無しで3面使ってな」
「はい」
予想した通り、ボールが、あっちゃこっちゃに飛び跳ね、5本以上のラリーがなかなか続かない。バックに飛んでくると、空振りまである。
文字通り、 乱打。 乱れ打ちとなっていた。
3名の180cm越えの子のうち、2名は他行の推薦がなかった事に、すぐ納得ができた。
不思議に思ったのは、阿部 千賀子 (183cm)
けっこういい。フォームも安定しているし、ラリー中、1度だけ見せた、ローボレーも様になっていた。
<ポジショニングとか、しっかり教え込めば使えそうだな。しかしどうしてこんな子が、廃部になっていた、この学校に?>
(後に分かった事だが、千賀子は中学2年生の冬、バスケットボールで遊んでいた時に、指と手首を痛めてしまったが、そのままテニスの練習を続けていたため、炎症が悪化。結局、3年生の時は、全く試合に出られずに終わってしまった。よって強豪校の監督の目に留まらなかったようである。
卒業式の頃には、既に手は完治していたが、テニスを諦め、多岐商の進学特進コースに入学したのであった)
南條ななみ は元気がいい。ラリー中も声が出ている。フォームもきれいである。
<この子をキャプテンにするか>
(ななみ は、テニス強豪校からの推薦入学を期待して待っていたが、結局、推薦の声がかからず、もうテニスはしないと(半ばヤケになり)心に決めて、自転車で通学が出来る、多岐商へ入学したのであった。
一旦は諦めた、ソフトテニスであったが、宮下先生から、テニスクラブ発足の話を聞き、即座に入部を決めたのである)
・・・・やっぱり、ソフトテニスがしたかったんだねぇ。テニスの神様は、ななみを見捨ててはいなかったんだな。(と、少女漫画なら、ここで解説が終わるが)
実際は・・・推薦してくれなかった名門校へのリベンジに燃えていただけであった。
ななみに気を取られて、それまでは気づかなかったが、今、乱打の相手をしている、加藤 しおり も、きちんとボールを打ち返している。ただし、だいぶ癖のあるフォームではあったが。
軽部 リコは、バックハンドの方が、安定したボールを打っていた。左膝がしっかり落ちて、腰の回転で打てている。フォアハンドよりも明らかに威力もある。珍しい子。
たいがい女子は、バックハンドが苦手で、試合でも相手のバックを突くのがセオリーであったが、女子の弱点が、この子にとっては、弱点となっていないような気がした。
で、フォアは?
ありゃ、完全な手打ち。なので、威力も安定感も無い。
<バックはあんなに、体が使えているのに。面白い子やなぁ」
反対にバックに来ると、空振りまでしてしまう子が二人。
綾小路 レイナ と 後呂 美織
一番の不思議ちゃんは、江藤 樹里であった。表現が良くないかもしれないが、何か気持ちが悪い打ち方。腕がかなり遅れて、体に巻き付くようにやってくる。しかも手首が柔らかいのか、各関節が変なのか、クニャ、ヘニャっとした何とも言えない打ち方。こんなの初めて見た。
しかも、驚く事に、球筋が、全部、中ロブになってる。
その中ロブが凄かった。アウトかなと思うようなボールが、ライン際で、ストーンと落ちて、ほぼほぼ入っているのである。
「江藤さん、シュート打ってみて」
「はぁ~い」
しかし、さっきとほとんど変わりない球筋と、くにゃくにゃフォーム。
<ワクワクするねぇ。こういう訳の分からない子は。ダイヤモンドになる前の炭素の塊かも?>
葉山は人の顔を覚えるのが早いと言ったが、土屋 レミ と 大木 ルミ の区別はつかなかった。
双子と言って良いほど、顔立ちも、よく似ている。(二人とも身長167cm)
髪型が同じだからかもしれないが、本当に良く似ている。
<ペアにしたら、分身の術が使えるな> 半分本気で考える葉山であった。
180cmを超える生徒は
阿部 千賀子 183cm
須藤 あかり子 182cm
そして一番の個性児、叶 安子 185cm であった。
でかい! 叶は、体重が100kgを超えていた。関取と呼ばれても不思議ではない。
それだけの巨体だと当然、走れない。前後、左右に動く時も、ドシッ ドシッ といった動きになる。
<この子はなぁ~、続くかな?>
葉山が、ふと思ったその時、
バシッ! と 鋭い音がして、相手コートへ、男子高校生なみのシュートが突き刺さった。バウンドしてからの、ボールの伸びが半端ない。
打ったのは、須藤であった。
<すごい!>
たまたま、構えていた所にボールが飛んできて、打ったボールが、それであった。
葉山は深く反省した。
<危うく、見た目で判断をするという一番やってはいけない間違いを犯す所だった。
『何も出来ない、何も持っていない人間はいない。ただ、それを見つけられるか、見つけられないかで、人生が大きく変わってくる』常々、会社で社員に向けて、言っている言葉である。
『巨体』という見た目からの呪縛から解放され、改めて、安子を見てみると、定位置で、構えて打てた時は、体重移動もしっかり出来ている。インパクトの瞬間も、ボールに対してスクエアで、スイング軌道も、そんなに悪くはない。
でも、やっぱり、動けない。ラリーは3本ぐらい続けるのが精一杯で、5分間の素振りの後も、実に辛そうであった。
<ごめんね、安子>
そう思うと同時に、このチームの鍵になる子だとも感じた。今は、たぶんこの12名の中で、一番テニスが出来ない子だろう。でもその分、伸びしろは一番大きいはずだ。問題はこちらの指導方法。いかにこの子を育てるか。コーチ陣と十分な打合せをしなければならないなと感じた。
最後にもう一人。加藤 玲子。元気はいい。明るくて、はきはきしゃべる。
テニスの方は・・・よくわからん。特徴が見つからない。
未知数というか、未知との遭遇というか。
まっ、焦らず見ていこう。何かは持っているはずだから。
ここに集まってくれた全員、無限の可能性に満ちている。第一印象や、自分の経験にとらわれ過ぎた指導には、十分注意しなければ。
自分の周りには、優秀なコーチ陣がいる。その者たちの力を借りよう。
生徒の個性、いい所を潰さないようにしなければ。と改めて思うのであった。
更に1時間ほど、休憩を取りながら、乱打をさせたのち
「よーし、今日はこれくらいにして、終わるぞぉ。ななみさん、整理体操の号令かけて」
「はい」
「仕事が忙しく、22日まで来れないから。明日からは、自主練よろしくな」
「えーーーーーー」
「えーーやないわぁー。こっちは、働いとるの。いいか、22日の土曜日からは、コーチ陣も揃う。ガンガン行くぞ!」
「毎日、1時間はランニングしろよ」
「それと、土曜日は8時集合。いいな!」
「1時間も走るんですか?」
「1時間しか走らん。足りないと思うなら2時間にするぞ!」
「1時間で十分です」
「じゃあ、こうしよう。間を取って、1時間半、走れ。コースは後で、小田先生に地図を渡しておくから、明日、もらえ」
「クラブ時間中、走ってばっかじゃないですか」
「んだ。おめーらは、体力ねーから、とにかく、走って体力ば、つけろ。
小田先生と、宮下先生に、監視は、お願いしてあるから、さぼるなよ」
「やな、せーかく」
「ほめてくれて、ありがとう。じゃあな」
土曜日からは、コーチ陣も、ここにやってくる。
さあ、いよいよだ!
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