第7話
私たちの住む町では、花火大会は地域の1番大きな神社で行われる。屋台が並び、人で賑わい、あるいは1年の中で1番、街が活気付くイベントかもしれない。
「つまり、病院の窓からでも花火が見えるように、河川敷で花火をあげるってこと?」
これが黒岩彰人の作戦だった。祭りの責任者や花火師の人たちに頼み込んで河川敷で花火を上げることができれば、病床の佐々木のおばちゃんも見たがっていた花火が見れるだろう、と。
「でもさ、そんなに簡単なことじゃないよね? まず大人の許可を取らなきゃだし。花火大会、2週間後だよ? すぐできるものでもないだろうし……」
「だから相談してんだろうがよ……」
私が突きつけた正論に、彰人はガックリと項垂れながら言った。でも、彰人の言うとおりにしてあげたいとは思う。
『そうかい、そうかい。楽しみやねぇ』
あの日、おばちゃんは本当に嬉しそうな顔をして、言った。なんとかならないものか。私も、おばちゃんの願いを叶えてあげたい。
「とりあえず、町内会長さんに相談してみよう」
「え、乗ってくれるの?」
「私だって、おばちゃんにはお世話になってるし。花火、見せてあげたい」
その日の放課後、私たちは2人で町内会長さんのところへ事情を話しに行った。町内会長さんは難しい顔でうーん、とうなったけど、やがて「考えてみよう」と言ってくれた。
それからの毎日は、とにかく忙しかった。祭りの主催者の人たちに頭をさげ、なんとか承諾してもらって、ポスターも開催場所が変わった旨のものに一から貼り替えて、花火師の方からも了承を得て。
そしてついに、河川敷での花火大会の前日を迎えた。
「病院の窓からの景色は、問題なさそうだね」
古橋さんと私は病院のある高台にのぼり、そこから見える景色を最終確認しているところだった。
「うん。古橋さんもありがとう。おかげで、おばちゃんに花火を見せてあげられるよ」
私が感慨深げに言うと、古橋さんは静かに首を振り、「沙奈絵ちゃんと彰人くんが、頑張ってくれたおかげだよ」と言った。
「ねぇ、古橋さん。私、東京行きたいの」
空は夕に焼け、茜に染まる雲が細くたなびいていた。
「東京行って、お金稼いで、素敵な家庭築いて。そしたら、お金に困って子供を見捨てるなんてこと、絶対にないだろうって思ったから」
古橋さんは、わずかに目を見開いた。
「古橋さんは知ってると思うけど、私の父親は、お母さんが病気で亡くなってから、亮にいに私を預けて家を出て行っちゃったの。最初は見捨てられたんだって思ってた。でも、最近考えが変わったの。きっと私の父親は、お金に困って出て行っちゃったんだろうなって」
古橋さんはただ黙っていた。
「もともと裕福じゃなかったけど、お母さんが病気で死んで、きっと娘の私は邪魔だったんだろうって。子供って養育費かさむし」
「違うよ」
初めてはっきりとした古橋さんの声を聞いた気がして、私は思わずその目を見返した。
「いらない子なんて思ってないよ、沙奈絵ちゃんのお父さんは。……僕には、妻がいて。もう死んでしまったんだけど」
「えっ……」
「彼女は子供が大好きだった。……約束したんだ。子供が生まれたら、不自由ないように育ててあげようって」
言いながら、古橋さんは辛そうな表情をしていた。
「僕はきっと、沙奈絵ちゃんのお父さんも同じなんじゃないかと思ってる。自分の元にいたら、窮屈な生活を送らせてしまうだろうから。だから」
「私、そんなの気にしないよ。ただ……そばにいて、愛してるって、証拠が欲しくて」
古橋さんは口をつぐんだ。私の目から、涙が溢れた。なんだか最近、泣いてばかりだ。
「愛されてるって、思いたくて。私の父親は、バカだよ。私、お金なんてどうでもいいのに。そばにいてくれるだけで良かったのにっ」
泣きじゃくる私を、古橋さんはただ黙って見つめていた。
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