第6話

「なんで……!?」


 と私がつぶやいたのは、花火大会の手伝いを終えて家に帰った時だった。


「そんな、佐々木のおばちゃん、昨日はあんなに元気だったのに……!」


 亮にいから聞いたのは、佐々木のおばちゃんが畑仕事の最中に倒れ、病院に運ばれたらしいということだった。


「沙奈絵、お見舞い行ってやれ」


 いつもお世話になってるだろ、と亮にいに言われて初めて、私は自分の呼吸を意識した。




「あら? 沙奈絵ちゃんじゃない、来てくれたの」


 私が病室に入ると、佐々木のおばちゃんはしんどそうな顔で上半身をベッドから起こした。


「おばちゃん、何があったの、大丈夫?」


「ちょっと心臓悪くしただけよぉ、英佑くんも大げさでねぇ、ほんと」


 英佑くん……?


「英佑って、誰?」


「あら、違ったけぇ? 亮佑くんやったかなぁ」


「あぁ、亮にいのこと?」


 私が尋ねると、おばちゃんは繰り返し頷いた。


「そうそう、そうやった。英佑くんはお兄さんやったね、確か」


 私は思わず口を引き結んだ。亮にいの、お兄さんの名前。つまり、私の父親の名前。


「おばちゃん、私の父親のこと、何か知って」


「父親じゃなくて、お父さんやないの?」


 おばちゃんはいつになくゆったりと、川のせせらぐ音のような声色でそう言った。


「……だって、私を捨てた人じゃん」


「あんたのお父さんは、ちゃんとあんたを愛してるよ」


「そ、そんなわけ」


 言葉は続かなかった。おばちゃんは私の反論を真っ向から否定するように目を閉じた。安らかな顔だ。


「ごめん、今日は帰るね。安静にね」


 返事はなかった。眠ったのだろうか。私もその日はそのまま家に帰った。




「でさ、見せてやりたくて……て、おい。聞いてんのかよ」


「え? ごめん、聞いてなかった」


 翌日の月曜日。彰人と教室で話している最中も、私は佐々木のおばちゃんの言葉ばかりを考えていた。


『あんたのお父さんは、ちゃんとあんたを愛してるよ』


「じゃあ、なんで私を置いてくの」


「お前……最近なんか疲れてね?」


「なんでもない、ほっといてよ!」


 私が彰人を軽く押しのけると、彼は眉を顰めて


「ほっといて、じゃなくて、佐々木のおばちゃんのことで話があるんだってば」


 と体勢を直した。


「おばちゃん? 何、なんの話?」


「おばちゃんに、花火を見せてやるんだよ」


 そう言った彰人の表情は、まるでイタズラを思いついた少年のような、だけどやけに生き生きとして見えた。

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