第5話

 目を腫らした翌日。私は例のバカ幼馴染と一緒に、花火大会の手伝いに駆り出されていた。


「いやあ、毎年ありがとね、沙奈絵ちゃんに、彰人くんも」


 そういえば、私の幼馴染は黒岩彰人くろいわあきとという。今更だけど。


「いえー全然大丈夫ですよー。何てったって花火大会で使える1000円分の金券くれるし、ホント全然、苦じゃないですからあ」


 私がニコニコと町内会長を務めるおじさんに言うと、隣に立つ彰人が私の脇腹をつついた。


「お前、欲丸出しだな。アホか」


「こういうのは何でも正直に言ってかないと! 大体彰人だって、腹の底では金券目当てで手伝い来てるでしょー」


 私たちの様子を、町内会長さんは口元を綻ばせながら見ていた。


「別にいいんだよ。手伝ってくれるんだから、金券1000円じゃ足りないくらいだ」


「おじさん、そういうこと言うと、この貪欲女が調子乗ってもっと要求するから、やめたほうがいいよ」


「ちょっと、貪欲とは失礼な! 私は誠実に祭りの手伝いしてるだけだってば」


 私たちがやいやい言い合っていると、そこに古橋さんが現れた。何だかいつもよりニコニコしている気がする。


「彰人くんに沙奈絵ちゃん、今日も元気だね」


「古橋さん、こいつ、金券目当てで手伝い来てるんだって」


 彰人も古橋さんの本業を知らない。「よく町のイベントに顔を出すおじさん」というイメージを持っている、と本人から聞いたことがある。


「ちがうって、余計なこと言わないでよ!」


 私が彰人に掴みかかると、古橋さんはいよいよ困ったような顔をして言った。


「ほんと、誰に似たんだか」


 まるで、私の両親を知っているかのような口ぶりに聞こえた。


「古橋さん、私の両親のこと知ってるの?」


 古橋さんが大人に見えた。大人に見えた。


「……いいや、知らないよ」


 消えいるような声で、ぼそり、つぶやいた。何か知ってる。大人は隠し事するとき、決まって目を逸らす。


「古橋さん……?」


 大人はみんな、嘘をつく。子供を安心させるため? そんな綺麗事はいいから、本当のことを教えてよ。私、誰の子?


「古橋さん、こっち手伝ってもらってもいいですかー?」


 どこかから別の大人の声がした。私は負けた。古橋さんは逃げるようにその場を離れる。


「おい、沙奈絵? 大丈夫か? 顔色……」


「大丈夫。早く手伝おう」


 急に黙り込む私を心配したのか、彰人が私の顔を覗き込んだ。だけど私は素直になれなかった。


「ほら、何ボサっとしてんの、行くよ」


「あ? 何なんだよ、人が心配してやってんだろ。このワガママ女!」


「ワガママとは何よ、クソガキ!」


 そんな私たちの軽口の応酬も、周りの大人からは苦笑いを返されるだけだけど、ふと目があった古橋さんは気まずそうな面持ちを保っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る