第4話
佐々木のおばちゃんと別れて私が店に戻った時、古橋さんの姿はもうそこにはなかった。店には亮にいだけだった。もともと町の人口が少ないから、店もそこまで繁盛しないのだ。
「あれ、古橋さん、帰ったんだね」
「ああ、あの人、早いからなあ、昔から」
私は、亮にいのセリフに思わず眉根を寄せた。
「“昔”から?」
私が尋ねると、亮にいは顔色を変えて目を逸らした。
「そんなことより、早く店手伝え。買ったもの、冷蔵庫にしまってこい」
「ちょっ……話逸らさないでよ!」
最近、亮にいの様子がおかしい。なんでそんなに、よそよそしいの……?
「ねぇ、亮にい……」
「あぁクソっ、何で兄さんはお前を置いていったんだよ!」
私は、買ってきた食材を袋ごと、床に落とした。
「な、何、それ……」
私は、いらないってこと? 私、亮にいにも、いらないって思われてたの?
「私……そんなに邪魔だった……?」
泣きそうだ。何で、何で? 亮にいまで、そんなこと……。
「ち、ちが……そういう意味じゃない、俺はっ……」
「いらないなら……、何で私を産んだの?」
亮にいが目を見開いた。私がずっと、抱えていた不安の因子が、こぼれ出した。決壊したダムのように、目から溢れ出した。
「私の父親は、何で私を……ねぇ、私、何のために生まれてきたの? 誰にも必要とされないなら、私、生まれてきたくなかったよぉ……!」
あぁ、もう止まらない。一度溢れ出したら、もうその思いは止められない。ねぇ、私、本当はずっと不安だったの。亮にいにもいつか捨てられるんじゃないかって、不安だったの。でもその不安が今、現実になりかけてる。
「沙奈絵、俺の話を」
「ごめんなさい、私、この町を出てくから。だから亮にい、それまでは、この家においてください。捨てないでください。お荷物かもしれないけど、私、東京行って働いて、ちゃんとお金返すからっ、叔父孝行するから、だからっ……!」
私の体が、何かに包まれた。亮にいの、細い体だ……。私、抱きしめられてる? 何で? 亮にいは理由も言わずに、その腕にグッと力を込めた。
「ごめん、沙奈絵。今まで、寂しかっただろ。お母さんもお父さんもいなくて、寂しかっただろ。俺には子供がいないから、だから俺、子育てとか全然、分からなくて。ずっと、寂しかったよな。ごめん、わかってやれなくて。不出来な叔父で、ごめん」
その時、私は感じた。
「亮にい、私のこと、捨てないでくれる? これからも、育ててくれる?」
「大丈夫。もう心配しなくて大丈夫。ちゃんと、俺が責任持って育てるから。沙奈絵を一人前にして見せるから。東京に、送り出してやるから」
亮にいは私の体を離すと、まっすぐ、目をみた。私はその言葉を聞いて、心臓が止まるかと思った。
「東京? 私、行ってもいいの……?」
「古橋さんに、こっぴどく叱られたからな」
私は、泣き止むことができなかった。涙の色が変わった。
「おい、いつまで泣いてんだよ。お客さんにそんな顔見せられないぞ」
「お客さんいないじゃん」
「バカっ、そういうこと言うとほんとに客が入らなくなるだろ!」
私は、えへへ、と笑いながら涙をこぼした。亮にいも、はは、と笑った。
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