第10話 緊張の自己紹介

 ――『天魔るい』というキャラクターのコンセプトはこのモデルを書いた〈俺のサイダー返せ〉さんが考えた。

 二重人格のキャラで、悪魔な一面と天使な一面を持ったショタだ。


 年齢は容姿とはかけ離れた二千歳らしい。だからキャラ作りをするなら、喋り方や日本人のような訛りは消した方がいいとのこと。


 事前にサイダーさんからはキャラ作りの指導は受けた。

 大事なのは第一声――


 配信開始前から期待で高まっているコメント欄を遮るように、俺はマイクに向かって声を出した。



「よくぞ私の配信に集まってくれた」


(あれ、一人称僕の方がいいってサイダーさん言ってたような…?)


 不安と緊張でコメント欄なんて見る余裕が無い。

 俺は動く自分のモデルを一点に見つめて、さらに言葉を続けた。


「私の名前は天魔るい。年齢は二千歳を超えるぞ! 私を崇めろ!」


 私って一人称、普段から使ってないから逆にやりにくい。

 それにキャラ作りをしようとすればするほど、ファンタジーすぎて想像からかけ離れたキャラになってしまう。


 聞いた話によると同期のメンバーはみんな配信経験のある先輩たちばかりらしい。

 ど素人の高校生がこんなにも濃いキャラクターを演じられるわけがない。


 そんなことを思った瞬間、なんか吹っ切れたような気分になった。

 コメント欄を見てないおかげか、見られている感覚ってのもないし。


「――あー、なんて堅苦しい挨拶はさておき、僕が天魔るいだ、よろしくな」


 うん、こっちの方がやりやすい。

 ちょっとコメントでも見とくか。配信者たるものコメントを常に見てくださいって九重さんも言ってたしな。


 コメント

 :ん? なんか早速キャラブレてない?w

 :天魔きゅんかわゆい…

 :なんでこんな声でこのモデルになったんだww

 :耳が妊娠してまう…キャラ崩壊待ったナシ…



 おいおい、思ってたよりもコメント欄がカオスなんだが。

 九重さんの配信のコメント欄はこんなんじゃなかった気がするんだけど。


「ちょっと待て、メタいこと言うなよ。キャラクターじゃない、俺だ! あ、間違えた。僕だ!」


 :天魔先輩…まだ始まって2分すよ…なんで一人称固まってないんすか…

 :え、間違えて焦ってる天魔きゅんもかわゆい…

 :二千歳なのに『メタい』なんてw うちの七十のばあちゃんでも知らんぞ、その単語の意味

 :二千歳だから配信にも慣れてないんだろ、察しろ


「じ、自己紹介はこの辺にして――」


 :あ、自己紹介だったの?

 :まだ名前と年齢しか聞いてないよ

 :他に言いたいことないの? 中学時代の部活でもいいよ

 :魔王系のキャラクター、詰められてて草



 泣きたい。俺泣きたい。

 助けて九重さん、助けて嵐山さん。助けろよサイダー。

 何がキャラ作りは口調からです、だ!アイツ適当いいやがったな! メッセージに変な絵文字が大量に付けられてたのはそういう嫌がらせを予知したせいか!?



 俺のサイダー返せ:好きな食べ物はなんですか?

 :あ、ママ来たじゃん笑

 :本物? なんかめっちゃ普通に質問してきてるけど笑

 :一個目からなんでそんな気まずい相手への質問みたいになるんだ



 確かVTuberのモデルをデザインしたイラストレーターをママと呼ぶらしい。

 つまり〈俺のサイダー返せ〉さんは俺のママということになる。


 そんなママがVTuberの初配信に来ることは珍しくは無い。

 だが、こんな適当なコメントをする奴は他にいるのだろうか?


「好きな食べ物はケルベロスのタンです」


 :おぉ、さすが二千歳の悪魔

 :一頭倒せば、、三頭分のタン取れるじゃん、天才?

 :おそらく現実の好物もタンなんだろうな

 :美味しいよな、俺も一日三食タン食べるから分かるぞ、るい

 :【悲報】全てを諦めた悪魔さん、敬語になる


「さすがにそんな食わないけどな? ――はーい、他に質問あるやついるか?」


 俺はコメント欄から目に入った質問を適当に拾っていく。

 本来のスケジュールにはないが、自己紹介したところで弄られるのは目に見えてるし、これ以上はキャラ崩壊に繋がりそうなので俺なりにそれは回避した。




 Q.

 :貯金どれくらいありますか?


 A

「ない、そもそも僕は働いてないからな。下の者から搾取しているのだ」


 Q

 :初恋はいつですか?


 A

「知らん。二千年も生きてるから知らん」


 Q

 :趣味はなんですか?


 A

「人間をいじめること」



 なんて質問コーナーを三十分ほどして、俺は配信を閉じた。半ば強制的に。


 その後聞いた話だと、他の同期メンバーは一時間半以上も配信をしていたらしく、その圧倒的なコミュ力に俺は思わず苦笑いした。

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