第9話 VTuberデビューの日
VTuberのデビューは会社にとって、一番と言ってもいいほどの大きいイベントだった。
SNSでは運営が三日ほど前から告知を始め、謎のカウントダウンで話題を作っていた。
もちろんその効果は抜群で、他の四期生メンバーも知らされていないことに、さらにカウントダウンへの考察が広まった。
イベント告知や新しいグッズの発売など。それに対する噂は色んなものがあったが、予め発表されている四期生のデビュー日へのカウントダウンにはそれら全てに関連がつかないため、噂は噂のまま消えていった。
そしてデビュー当日の今日。
スターフラワープロダクションの第四期生のダークホースとして、俺はVTuberデビューする。
「大丈夫そうです…?」
昼休み。
机に突っ伏す俺に気を遣ったのか、九重さんが突然声を掛けてきた。
俺は重い頭を持ち上げ、九重さんを視認した。
相変わらず今日もお美しいようで何よりです。
「まぁ、大丈夫じゃないけど。本当は学校来る前もおそらく緊張でお腹の調子が悪くてな」
「私も最初はそんな感じでしたよ。私の場合は初配信そんなに人来なかったですけど」
『あかりん』はフリーのゲーム配信者だ。
今の人気も、『可愛すぎる天使の生まれ変わり配信者』なんて呼び方で話題になってのものらしい(W○ki参照)
だからこうやって大手VTuber会社の大イベントに参加し、ましてやみんなが考察して湧いてるところに俺は参上する。
四期生として告知し、普通に登場するよりもハードルは高く、なんなら批判が来そうで怖かったりする。
それに俺は特筆する長所も無ければ、最低限必要なコミュ力もない。
友達がいないことがなんたる証拠だよな、まじで。
友達がいないんじゃない。作らないだけだ、って言いたいところではあるけど、自分でも前者だと思うところが辛い。かなり辛い。
「でもでも、見てもらえるのはモチベになりますよ。もちろん最初は誰しも緊張はしますけど、ほら!ポジティブシンキングって言うじゃないですか! SPEXの実力を見せつけてやりましょう!」
「……」
「うぅ…私も本当はコミュ力ないので、慰め方とかあんまり分かんないですよね…すみません…」
「いやいや、九重さんが悪いわけじゃないよ? 俺のメンタルが豆腐すぎてさ」
怒られるのも怖いからゲームでもあの時を除いては、死体撃ちなんてしたことがない。
「な、慣れてきたらでいいので…その、前に約束した、コラボを…お願いします…!」
「それこそ怒られそうで怖いなぁ」
「と、とりあえずなんとか今日を乗り切りましょう! 前に教えた通りの手順で配信を開始してくださいね」
配信の仕方は何度かシュミレーションや試行錯誤をした。
PCに関しては元々使っていた物のスペックで十分だったらしいけど、他の機材は全て九重さんに教えてもらったものばかりを買った。
ちなみに高校一年の時にしていたバイトの貯金が全て消えたのはここだけの話。
やり方も一応俺のマネージャーの嵐山さん(まだ確定ではないらしい)にも教えてもらったが、結局九重さんの説明が一番分かりやすかった。
「ありがとう九重さん、なんかやる気でてきたわ!」
そして俺は迎えてしまった。
予定の配信時刻の十八時を――
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
緊張でなかなか配信開始が押せない。
モニターには二次元の少年の姿が映し出されていて、俺の動きや表情に連動して、後ろのツートンカラーになっている白黒の翼もパタパタしている。
嵐山さん曰く、子供っぽく行くとギャップが出るらしい。
瞬きや笑顔も成功に真似されていて、怒ってたり悲しんだりって感情もリスナーはおそらく分かってしまうだろう。
「あー、あー」
どんどん増えていく数字。これは同時視聴者数を表すんだが、簡単に増えているように見えて、これは見ている人間の数だ。フラワースタープロダクションの人気…恐ろしい…
気付いた時にはあかりんの歌枠配信の同時視聴者数を越していた。
『僕も見てるんで、マジで頑張ってください!』
「何から何までありがとうございます、嵐山さん」
『僕はなんにもしてないっす! 社長が認めた春科くんの資質を僕も信じてるっすよ! …あ、そういえばあかりんからプレッシャーかけるなって言われてるんだった…今のなしで!』
全部聞こえてるっての。
九重さんと嵐山さんはも顔見知りらしく、二人で協力して俺の手伝いをしてくれていた。
『じゃあそろそろ時間なんで電話切りますね』
「待ってください、ちょっとまだ緊張が…」
『まぁ声震えてますもんね。こんな時にいいおまびないがありますよ』
「おまじない?」
『そうっす。視聴者をみんなお母さんだと思ってください!』
「意味分からないです」
『あ、春科くんはお父さん派ですか? じゃあお父さんでも大丈夫です!』
「そういうことでもないです」
嵐山さんなりの慰めなんだろうけど、これ以上は意味無いと思ったので、俺から電話を切った。
スマホには一通の通知が届いていた。相手は九重さんだ。
『頑張ってください!』
シンプルな一文が如何にも九重さんらしい。
何故かそれを見た瞬間、緊張が抜けていくような感覚に陥った。
夢から覚めたような。そんなある意味心地のいい感覚。
「はは、なんか今なら行ける気がする」
俺はそのまま、配信開始ボタンへとマウスを持っていった。
俺の中に『天魔るい』を憑依させて――
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