第8話 リハビリ中のお誘い

 あのあと黒江さんと話し、俺は正式にフラワースタープロダクションからのデビューが決まった。

 正式に発表していた四期メンバーのデビュー日に合わせて、俺もデビューすることになった。


 デビュー日は一週間後。

 モデルの作成などはフラワースターが急ピッチに進めてくれている。


 周囲が頑張っている中、俺はというと――緊張を和らげるため、久しぶりにSPEXのランク画面にいた。


 仕方なくない!?

 考えただけで緊張で手が震えるし!


 そう、これは一つの現実逃避。



 それによく考えて欲しい。デビューまでゲームをせず、仮にゲーム配信をすることになった時。得意ゲームであるSPEXが下手くそになっていたら、俺の唯一と言ってもいい得意が潰えてしまう。

 だから現実逃避でもありながら、これは立派なリハビリでもある。



「うわ、めっちゃランク落ちてんじゃん…」


 ランク画面の上部に目を移すと、そこには〈マスター〉と書かれている。


 上位の称号である〈プレデター〉はとっくに剥がされており、今はその下のランクである〈マスター〉にいるみたいだ。


「さすがに腕は鈍ってるよな。まぁ、腕試しにマスター行くか」


 日付にしたらもう十日ほど、このゲームに触れてない。ボタン配置すら頭から少し抜けている気がする。


 一試合目の感想としては下手くそだった。超下手くそ。もう動きが初心者。本当に一度でも世界一位になったことあるの?ってくらいには酷いよ、ほんと。


 だが、そのあと数試合していくと、着実に世界一位の腕に戻ってきた。

 気付けばVTuberデビューのことも忘れて緊張も消えた。黙々と試合のスタートボタンを押し続け、時間は過ぎていく。


 プレデターにランクが戻った時には、外は日は完全に落ちていた。

 時計の針は8の数字を指している。



「やっぱ俺上手いかも」


 リハビリを兼ねたSPEXランクで、先程のゲームに対する不安などは完全に消えた。なんならVTuberデビューですら怖くない。今ならバンジージャンプもできるかも?


「いや、できるわけねぇーだろ」


 調子に乗ってきた心にツッコミを入れている時、机の端に置いてあったスマホが震えた。


 画面には『かりん』と書かれていた。


「あー、そういや連絡先交換してたなぁ」


 カラオケの後交換したが、あれ以来特にメッセージを交わすことがなかったことで完全に忘れていた。


 女の子の連絡先自体、母親以外存在しない悲しき人間である俺にとって、それは大きな意味を持っていた。


 ――内容はデビュー日に関しての事だった。


『メッセージでは初めてましての九重かりんです!

 正式にデビュー日も決まったそうで、ほんとによかったです! 他の四期メンバーにもサプライズを兼ねて、内緒にしていると黒江さんから聞きました。私だったら不安で家出してるかもです(汗)』


 文面まで言語化できない可愛さがある。


『ありがとう。俺もいきなりこうなるなんて思ってもなかった。良くも悪くも九重さんには感謝してる。もし暇だったら今からSPEXしない?』


 あまりメッセージで話すのは苦手(そもそもする相手がいない)ので、できれば電話で会話する方が気持ち的に楽だったりする。

 送信ボタンとかすらわかんないくらいだし。


 これ送れてんのかな?


 なんて思っていると、数秒後に返事が来た。


『ぜひ!!!!!!!!!!!!!!』


 大量のビックリマークが添えられているが、嫌ってわけでは無いような感じがする。


 程なくして九重さんから電話がかかってきた。

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