第6話 唯一の欠点?
九重かりんはネットの世界でも、現実世界でも、超が付くほどの人気者だ。
母親はイギリス人。その遺伝子的特徴もあり、人形のような容姿をしている。
青い宝石のような瞳に、金色の艶やかな髪。
文武両道で、成績は学年でも常に上位に君臨していて、それに加えて帰宅部でありながら、体育の時間では各部活に入っている部員を凌駕するほどの運動神経。
配信者にならなくとも、それぞれの道で将来生きていけるくらいの――
そんな勝ち組のような人間。
ぶっちゃけ、俺の生きる世界とは違う人間だと思ってた。
クラスメイトになって早半年。隣の席になったことなどなく、委員会にも入らず、帰宅部同士の俺たちは一切の接点がなかった。
それに俺の友人はアホの一人のみ。友人絡みの関係性もないし、卒業式までおそらく話すことがないと思ってた。
そう思ってたのに……
「春科くん、見てください! マイクです! 大きいモニターも! このMVに流れてる歌、この間CMで流れてました! あぁ! この俳優さんもこの前テレビで見ました!」
そんな異世界の住人のような九重かりんと、平々凡々の俺が何故か二人でカラオケに来ていた。
マイクに向けて、無邪気に騒ぐ九重さん。
まるで夢に見たハッピーセットを買ってもらった小学生のような。見るもの全てが嬉々としている。
「マイクに向けて大きな声を出すな〜」
「だって見てくださいよ! 私の顔より大きいです!」
自分の顔が小さいと自覚してないんだろうか?
握力25キロの俺でも、両手を使えば簡単に潰せてしまいそう、なんてサイコパス的な考えが軽く脳裏を横切った。
「九重さん、友達多いんだろ。カラオケは初めてか?」
「うーんっと……さっき言った通り、私聞くのは好きなんですけど、歌うのは苦手なんですよね。保険とかじゃなくて、ほんーっとうに下手ですから!」
「そんなに?」
「そんなにです!」
圧がすごい。
まぁ歌って比較的自己評価が低くなりがちってどっかの専門家も言ってたし、自分の中では下手だと思い込んでるんだろうな。
前にちらっと聞こえてきた九重さんの鼻歌も、音程は取れていて、なんなら上手いくらいに聞こえたし。
「俺も歌は苦手だし、気持ちは分かるよ」
「ダウトですね。仮に下手だったとしても、その声で歌われたら、多分耳が妊娠?すると思います」
「え? なにそれ? 耳が妊娠?」
「かっこいい声とかを聞く時に使うらしいです!(?) リスナーさんに教えてもらいましたよ」
天使がする配信でも悪魔が見てるんだなーって、俺は遠い目をした。
「まぁ、とりあえず九重さん歌う?」
「え! 私ですか? ま、まぁ私が誘った側なので、精一杯頑張ります!」
俺はマイクを渡し、歌の予約の仕方を教える。
俺もカラオケに来たのは久しぶりだけど、心なしかカラオケもほんの昔より進化した気がする。
確かにモニターがめっちゃでかい。映画館みたい。
「では、いきます……」
「お、おう」
程なくして、曲が流れ始めた。
九重さんはそれに合わせて口を開け、歌詞を追う。
「♪――、♪――」
♪
♪ ♪
♪ ♪ ♪
「……どうでした?」
曲が終わった。
うん、ぶっちゃけめっちゃ下手だった。
聞くに絶えないくらいに酷かった。
これを配信で歌ったらある意味伝説になるかもしれない。
だから変にアドバイスしたり、気を遣ったりするよりは。
「いい感じだ!」
「絶対嘘ですー!」
と思ったが、逆効果だった。
うるうると目に水が溜まってきた九重さんに、次は慰めモードに切り替える。
「あれだよ、歌は才能も大事っていうだろ? 九重さんが運動神経いいように、下手な人は少なからず存在するわけだからさ? ね?」
「うぅ、それはわかってますけど……私としてすごく悔しいんです」
「うーん、俺も歌は下手だしなー、人にアドバイスどうこうのレベルでもないし」
「一先ず歌ってみましょう」
マイクを半ば強制的に手渡されたので、曲を探す。まぁ最低限歌えるレベルのものを選んでおこう。
「じゃあ行くぞ」
「ど、どうぞ!」
曲が始まった。
「♪――――」
♪
♪ ♪
♪ ♪ ♪
曲が終わり、俺は閉じていた目を開けた。
振り向くと泣いている九重さんがいた。
「え? どうしたの!?」
「歌上手すぎますよぉおお」
「ご、ごめん。俺的には本当に下手だと思ってるから…というか、昔から自分の声が本当に嫌いで」
「でも泣いてるのは春科くんと自分を比べてではないです。普通に、感動して泣いてしまいました…すみません…」
そんなこと言われたのは初めてだった。
優馬とカラオケ行った時は上手いなんて言われたことなんてない。
なんなら「おい下手くそー!」と最低な合いの手を入れられていたくらいだ。
「ありがとう…」
「SPEXも、歌も、絶対春科くんを超えてみせます! 師匠と呼んでいいですか!」
なんて感じで。
俺はそのあと3時間ほどぶっ通しで九重さんの歌を聞き続けた。
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