第25話 茶番
「それではみなさん。一学期お疲れ様でした」
かんぱーい。
校長の音頭で恒例の飲み会が始まった。
お疲れ様でしたぁー、という歓喜に近い声と共に、カコッカコッというグラスがぶつかる音がそこら中から聞こえてくる。
もう随分と慣れ親しんだ光景を前にした俺は、ああ、またしても一学期が終わったのか……という名残惜しいような、何とも感慨深い気持ちを覚えていた。
「発田先生。今年度の一学期もありがとうございました」
「ああ、乙川先生。どうもどうも」
隣の乙川先生のグラスに、自分のグラスを軽くぶつける。
それに続いて向かいの高橋先生にも日頃の感謝を告げて、偶然にも同じ島になった早瀬先生にはガンを飛ばす。というのは嘘で、ちゃんと乾杯を交わした。
「それにしても偶然ですね。この4人が同じテーブルだなんて」
「まあ、歳も近いですし。妥当なんじゃないですかね」
なんて、乙川先生の言葉に冷静な返事をした俺だが。
実際は今にも立ち上がって踊りたいくらいには、テンションが上がっている。
というのも、我が校の教師陣の飲み会の席はくじ引きで決まる。
これは何事にもエンタメを求める校長の趣味なのだが、これまでの俺はほぼ百%に近い確率で、教頭や学年主任と同じ島に隔離されてきた。
そんな苦い思い出しかないくじ引きで、初めて乙川先生と同じ卓になれたのだ。このあいだ焼肉に行く約束をした手前、なんて俺は運がいいのだろう。
と、本当なら喜び全開で居たいところなのだが。
若干一名、お呼びでない人がいるのも確かだった。
「すみません、僕みたいな新参者が同席してしまって」
「いえいえ、むしろ早瀬先生と同席させて頂けてよかったです」
「そうですよ。歳が近い者同士たのしみましょう」
妙に緊張している様子の早瀬先生を宥める、乙川先生と高橋先生。
初めての参加でかしこまるのもわかるが……このイケメン教師め。俺がやっとの思いで掴んだ乙川先生との同席の機会を、たった一発で引き当て邪魔しやがるなんて。
「ありがとうございます。発田先生も、今日はお世話になりますね」
「うぇっす」
ダメだ……どうしても不愛想になってしまう。
別に早瀬先生が嫌いなわけではないが……何というかこう、眩しすぎるのだ。俺みたいな萎れた人間の視界に入れるには、あまりにも刺激が強い。
そのくらいイケメンなのだ、この人は。
「でもホントよかったですよ。教頭先生と同じ卓じゃなくて」
「え、高橋先生って教頭苦手だったっけ」
「そりゃもう。だって怖いですもんあの人」
「そうでしょうか。私は凄くお優しい方だと思うのですが」
「それは乙川先生だからですよ。僕らみたいな男性教員には厳しいんです」
「僕も高橋先生の意見に賛成ですね……」
早瀬先生まで同調するのは少し意外だった。
「どうやら今日は、1学年の先生たちと同席らしいですね。ご愁傷さまです」
小声でそう言った高橋先生は、生中をちょびびっと口に含んだ。
相変わらず酒の飲み方が控えめである。
「そういえば乙川先生、今日はお酒飲まれるんですね。いつもウーロン茶なのに」
「え、ええ。せっかくならと思いまして」
「ファジーネーブルいいですよね。早瀬先生は生ビールですか」
「は、はい」
「お好きなんですか? ビール」
「人並みにはですが。やはり一杯目はビールかなと」
「えっ⁉ そうなんですかっ⁉ ごめんなさい私知らなくて……」
「ああいえ、そういうつもりで言ったわけじゃないんです」
申し訳なさそうに肩を落とす乙川先生を前に、早瀬先生は慌てて言う。
「どうも僕は、大学時代の飲み会の癖が抜けなくて。特別そういった決まりがあるわけでもないですから、気にせず好きな物を頼まれるのがいいかと」
「そ、それならよかったです」
「そうですそうです。どうせテーブルには若手しかいませんし。ねっ、発田先生」
「え、あ、うん。そうね」
急にパスが飛んできて焦った。
この感じ……どうやら今日は高橋先生が、会話を回してくれるらしい。
ぶっちゃけそうしてもらえた方が、俺としても助かる。
「ところで先生方は、夏休み何をされて過ごすんですか?」
「僕はバスケ部の練習が大半ですね。二学期は大事な大会もありますから」
「私は進学を考えている生徒向けの特別授業があるくらいで。これといって予定は」
「発田先生は?」
「ん、俺は……」
考えてみれば、これといってやることがない気もする。
しいて言えば、担任クラスの生徒たちのサポートだったり、手の足りていなさそうな業務を手伝ったり……まあ、ほとんどが仕事の予定だ。
「別に俺も仕事する以外は特に」
「なるほど。つまり乙川先生と同じくプライベートの予定がないと」
何だよそのわざとらしい言い方は。
「そういう高橋先生はどうなの」
「僕は実家に帰ったり、独り旅行したりで超忙しいですよ」
そんな鼻につく言い回しをする高橋先生は、「それよりも!」と、興奮したように身を乗り出して続ける。
「せっかくの夏休みなのに、予定がないなんてもったいないですよ!」
「いや……学生ならまだしも、俺ら教員だし」
「そ、そうですね」
「それでも夏は楽しむものでしょう! ねっ、早瀬先生もそう思いますよね?」
「え、ええ」
高橋先生に同意を求められ、苦笑いを浮かべる早瀬先生。
何だろう……今日のこの人はやけにグイグイくる。元々クソ生意気な後輩ではあったが、それでもここまで場を乱すようなことはしなかった。
心当たりがあるとすれば、今日のメンツだろうか。
乙川先生に早瀬先生、そして俺。高橋先生からしてみたら、これは俺の恋路をサポートする絶好の機会だ。事実として俺は、度々彼に恋愛相談をしているわけで。
「そうだ! お二人でお出かけするというのはどうでしょう!」
「ふぁっ⁉」「ふぇっ⁉」
突然、高橋先生からそんな提案が飛び出した。
俺と乙川先生は、揃いも揃って素っ頓狂な声を漏らす。
「予定がないなら、二人の予定を立てたらいいんですよ!」
「い、いやいや。それはあまりにも短絡的すぎるだろ」
「そそ、そうですよ」
「そんなこともないと思いますけど……あれれっ?」
と、急に真剣な顔つきになった高橋先生。
「こんなところに花火大会のペア優待券が?」
なんて言いながら、机の下から取り出した二枚の紙を俺たちに見せる。
内容は今、彼が説明した通りだ。
「まさか居酒屋にこんなものが落ちてるなんてぇ、いやぁ、偶然だなぁ」
「何の茶番だよこれ……」
あまりにもわざとらしい。
というか、今ズボンのポケットからそれを取り出したの見えてるからね。
「でもなぁ、僕はこの日予定がなぁ。早瀬先生はこの日空いてますか?」
「そ、その日はバスケ部の合宿で関東に……」
「それは残念ですよぉ。ちなみに乙川先生はどうです?」
「空いていると言えば空いていますが……」
「ほほう。つまりいけないこともないと」
「は、はい。そうなりますね」
「なるほどなるほどぉ」
ちらっ。
高橋先生が意味深な視線を送ってくる。
「はぁ、他にいける人、どこかにいないかなぁ」
茶番もここまでくると、感動の念すら覚える。
おそらく彼はこれをやるために、会話の支配権を握っていたのだ。
思えば飲み会が始まる前、「今日は大船に乗ったつもりでいてくださいね」なんて、意味不明なことを言われていたんだった。
それに今日のメンツ……考えれば考えるほど、違和感でしかない。
まさかくじに細工をしたなんてことはないだろうが、そう言われても納得できるくらいには、状況が整い過ぎている。
そりゃあサポートしてくれるのは助かるが……だとしてもこんなにも露骨で用意周到な誘導、もし乙川先生に悟られたら一発で嫌われる案件だぞ。
「いないかなぁ、ちらっ」
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