第21話 夜道 *柚木視点*

 今日は凄く充実した一日だった。

 外出用の新しいお洋服も買えたし。そらっちともっと仲良くなれたし。乙川おとかわしずく先生……おとちゃんとだって知り合えた。


 ほっちゃんが溺愛してるくらいだから、どんなおっぱいの持ち主なのか気になってたけど。おとちゃんのおっぱいは、想像を遥かに超える凄さだった。


 私もおっぱいには自信があるけど、正直言ってレベルが違う。

 あんなにも小柄で可愛らしいのに、あの爆乳は反則だと思う。そりゃ同じ職場におとちゃんみたいな人がいたら、好きになっちゃうのも当然だ。


「ウチも将来あんな風になれるかなぁ」


「将来?」


「あ、その。こっちの話」


 隣を歩くそらっちに首を傾げられたので、私は慌てて誤魔化した。


「ちなみにそらっちは、どっちが好き?」


「ど、どっちとは?」


「おっきいおっぱいと小さいおっぱい」


「おっぱ……⁉ どど、どうしたんですかいきなり……⁉」


「ちょっと気になって」


 私が尋ねると、そらっちは分かりやすく動揺していた。

 顔を真っ赤にして目を泳がせているあたり、やっぱりこの子はピュアだ。


「そ、その……僕そういうのはよくわからなくて……」


「またまたー。男の子なら興味くらいあるでしょー」


「あるにはありますけど……」


 俯きながら「うぅぅ」と喉を鳴らしているそらっち。


 相変わらず可愛い反応である。

 これだからついからかっちゃうんだよね。


「どちらかと言えば大きい方が……」


「なるほどー。そらっちは巨乳が好きと」


「ど、どちらかと言えばですよ……!」


 繰り返し強調したそらっちは、神妙な面持ちで続ける。


「正直好きな相手なら大きさとか関係ないです。そりゃ大きいに越したことはないんでしょうけど、僕が女性に求める第一はそこじゃないですから」


「じゃあそらっちが求める第一って何?」


「それは……」


 少しの間を跨いで、そらっちは言った。


「一緒に居て落ち着くかどうか……ですかね」


 それを聞いて思い出したのは、ついさっきのこと。

 ほっちゃんとの会話の中で、確かそらっちはこんなことを言っていた。


『柚木さんは僕みたいな暗い人間にも、優しい人ですから。一緒にいて凄く落ち着くんです』


 一緒に居て落ち着く。

 私の聞き間違えでなければ、そらっちは私のことをそういう風に思ってくれてくれている。それは今しがた聞いた、彼の求める第一に当てはまるような……。


「柚木さん? どうかされましたか?」


「う、ううん……! な、何でもないよ……!」


 慌てて手を振る私を見て、小首を傾げるそらっち。

 私ったら……なんで余計なことを思い出しちゃうかな……。


「そらっちには欲がないんだなぉって、感心しただけ」


「そうですかね。僕的には結構欲張ってるつもりなんですけど」


「それ、ほっちゃんにも聞かせてあげたいかも。あの人おっぱいしか見てないし」


「そ、そうなんですか⁉」


「うんうん。だからそらっちは偉いよ」


 私の知っている男性は、常に何かしらの欲をもって私に接してくる。

 そのほとんどの場合が性的な欲で、私はそんな男性の欲を利用して生きるためのお金を稼いでいた。


 それが当時の私にとっての当たり前。

 でも、今の私はそうじゃない。


 私のことを性欲のはけ口ではなく、一人の人間として見てくれる人たちがいるから、今の真っ当な道に立っている私がいるんだ。


 ほっちゃんは確かにおっぱい星人なのかもしれないけど、実際は人の内面をよく見ている人だと思う。


 これは今日初めて知ったことだけど。あの人はおとちゃんのおっぱいではなく、その心優しい人間性に恋をしているようだった。


 実際あの人の目には欲がない。

 だからこそ私は安心して傍に居られる。


 人の欲に縋るしかなかった私に、違う生き方を教えてくれたほっちゃんには、

感謝してもしきれない。それは、そらっちも同じ。


「そっか。だからこんなにも居心地がいいんだ」


 ぽつりと私が呟けば、そらっちは小首を傾げて言う。


「どういう意味ですか?」


「んー。そらっちの隣、すんごく居心地がいいからさー」


「……っ!」


 からかうつもりで言うと、そらっちは顔はまたしても真っ赤に。


「そ、それは僕のセリフですよ……!」


「……っ!」


 これにはつい、顔に熱が溜まった。

 こうして抜け目のないカウンターをしてくるあたり、やっぱりそらっちだなぁと思う。

 早くこれにも慣れないと。


「もうっ、そらっちのくせに生意気だぞー。うりうりー」


「や、やめてください柚木さん……!」


 そらっちの柔らかいほっぺを指で突っつく。

 こんなにも心躍る夜道は、随分と久しぶりな気がした。


 *


 そらっちと駅で別れ、私はすぐにほっちゃんに連絡をした。

 てっきり一緒に帰るものかと思っていたけど、届いた返信いわく、どうやら先に帰ったらしい。


「むぅ、待っててくれてもいいのに」


 家に帰ったら、文句の一つでも言っちゃおう。

 ちょっぴり拗ねた気分のまま、私はアパートまでの夜道を歩く。車通りの多い大通りを渡って、最後の曲がり角を曲がったその時だった。


「パトカー?」


 薄暗い視界の中で、真っ赤なランプが回っているのが見えた。

 しかもパトカーが止まっているのは、私たちの家のアパートの前だった。


「何かあったのかな……」


 込み上げる不安に掻き立てられるようにして、私の歩くスピードは速くなる。

 すっかり拗ねた気分など忘れ、アパートの前にたどり着けば。


「ほっちゃん……!」


「ああ、柚木か。悪いな先に帰って」


 私たちの部屋の前には、険しい顔のほっちゃんと佐久間さんが居た。

 この状況からして、何かあったのは一目瞭然だ。


「ど、どうしたの? こんな夜に……」


「空き巣だ」


「あ、空き巣……?」


 ほっちゃんの言ったその言葉は、イマイチぴんと来なかった。


 私はちらりと、玄関から家の中を覗いてみる。

 すると女性の警察官の人が、部屋の中の写真を撮っていた。


「落ち着いて聞いてくれ柚木ちゃん」


 と、真面目な面持ちの佐久間さんは言った。


「君たちの家は今日、空き巣被害にあった」


「それって……」


「ベランダから侵入したんだと。まったく困ったもんだよ」


 それを聞いても、未だに信じられなかった。


 だって最後に施錠を確認したのは、他でもない私だ。

 玄関の鍵だってちゃんと閉めたし、部屋の窓だって基本は閉めたまま。確かに今日は洗濯物を干すためにベランダに出たけど、その時だって——。


「……あれ。私ベランダの鍵閉めたっけ……?」

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