第13話 恋バナ

「ねぇ、ほっちゃん。何かいいことでもあった?」


 食堂で夕飯を食べている最中。

 向かいに座る柚木は、不意にそんなことを言った。


「何だよ、急に」


「だって機嫌よさそうだから」


「別にいつも通りだろ」


「いつも通りじゃないよ」


 訝しむような顔のまま、トンカツを一口で頬張る柚木。


「さっきから定期的に鼻の下伸びてるし。なんかずーっとニヤニヤしてるし。絶対何かあったでしょ」


「それは……気のせいじゃないか?」


「お猿さんみたいだったよ。ほら、こんな感じで」


 柚木はそう言うと、大げさに鼻の下を伸ばしてニンマリする。


「何だよそれ……」


「ほっちゃんの真似」


 俺にはただの変顔にしか見えない。


「柚木には俺がそう見えてるのか……」


「見えてるも何も、実際そうだったもん」


 白米を一口頬張った柚木は、続けてニヤリと笑った。


「さては告白でもされたな?」


「告白って……高校生じゃねぇんだから」


「じゃあ何よー。男の人がそういう顔するときって、大抵は女の子絡みの話題だと思うんだけどー」


 くっ……さすがはJKなだけあって勘がいい。


「職場で何かあったんじゃないの?」


「あった……と言えば、あった」


「それって女?」


「んん……」


「やっぱりそうじゃん!」


 女の話題とわかるなり、パッと表情を明るくした柚木。

 この年頃の子は、やはりこういった話題が好きなのだろうか。


「で! で! 詳しく教えてよ! 詳しく!」


「なんで柚木に教えなきゃならん……」


「だって気になるし! もしかしたら力になれるかもしれないよ?」


 それは……一理あるかもしれない。

 ロクな恋愛をしたことのない俺が一人で悩むよりも、女性であり経験豊富そうな柚木に相談した方が、今後のためにもなるのだろう。


「ほらほらぁ~ダンナぁ~。早くゲロって楽になっちゃいなよぉ~」


「その言い方やめろ」


 俺は一つため息を吐いて、ひとまずレバニラを頬張る。

 咀嚼したそれを水と共に飲み込んで、話題の口火を切った。


「実は今日、とある理由でとある先生にとあるお願いをしてな」


「とあるが多いよ……」


「そしたら快く引き受けてくれて、今度一緒に食事に行くことになったんだ」


「おおー。ちなみにそれは、ほっちゃんの好きな人?」


「……っ」


 好きな人って……よくもまあ、そんな恥ずかしい質問をストレートに聞けたもんだ。

 俺は一度水を飲んで心を落ち着ける。


「どうだろうな。少なくともいいなとは思ってるよ」


「それってどれくらいのいいな? 数字で表してよ」


「数字?」


「100いいながマックスとして、ほっちゃんにとってのその人は何いいな?」


「そうだなぁ、大体3万いいなくらいだな」


「3万ッ……⁉ それめちゃめちゃ大好きじゃんッ‼」


 的確なツッコミが飛んでくる。

 そう。柚木の言う通り、俺は乙川先生が大好きである。

 それはもう、四六時中よからぬ妄想をするくらいには。


「でも意外だなぁ。ほっちゃんも恋とかするんだね」


「そりゃするだろ。人間なんだから」


「てっきり女性に興味がないのかと思ってたよ。ウチがパンチラしても全く反応しないし。九条さんにだって基本冷たい感じだしさぁー」


「そりゃ教え子と同世代の相手に興味なんて湧かんだろ。九条さんに関しては……そうだな。あの人の場合は興味よりも怖いが勝つ」

 

 黙っていれば美人なのに。

 このあいだ処女だと言っていたし、おそらく九条さんも恋愛経験がない側の人なのだろう。

 ホント、勿体ないことをしているよ、あの人は。


「じゃあズバリ聞くけど、ほっちゃんはその人のどこに惚れたの?」


「胸」


「うわっ、最低だ……」


 うっかり正直に応えてしまった。

 柚木が俺をゴミを見るような目で見ている。


「NHKみたいな顔して。結局はほっちゃんも男の子なんだねぇー」


「んん……」


「ちなみにさ。ウチも結構おっぱいには自信あるんだけど。ほっちゃん的にその人と比べてどう?」


「どうもこうも、次元が違う」


「えっ」


「あの人……乙川先生の乳はこう、欲望の全てが詰まってる大人版ハッピーセットみたいな感じだ。遠目で見ても破壊力がある」


「そんなに凄いんだ。ちなみに何カップくらい?」


「Fは間違いなくあるな。下手したらGの可能性もある」


「えっ、Fならウチと同じじゃん」


「えっ、柚木ってそんなに胸あるの」


 すると柚木は、両手で胸を持ち上げる。

 こうして見ると、確かにボリュームが凄い。


「これと比べて次元が違うんだったら、多分Iカップとか、下手したらJカップとかあるんじゃない?」


「何だよそのドリームカップは……」


「まあ、アンダーがどれくらいかにもよるけど」


 アンダー?


「だとしてもトップは100センチくらい行くのかな」


 トップ?


「とにかく、凄いおっぱいの持ち主が職場にいるんだね」


「え、あ、うん」


「男子に人気ありそー、その先生」


 そう言って柚木はトンカツをパクリ。

 確かに、乙川先生が男子と絡んでいる姿はよく見る。


 思えばあの人と話してる時の男子の視線が、平均的に低いような。まだ下の毛も生え揃ってないガキのくせして、一丁前に乳を見てやがったのか。生意気な奴らめ。


「とにかく、本気で好きなら下心は見せちゃダメだよ」


「あったりまえだ。うちの男子どもと一緒にするな」


「……何か大人ぶってるけど。ほっちゃんだって男子高校生みたいな理由で、その人のこと好きになってるじゃん」


「うっ……」


 おっしゃる通りで。


「そりゃおっぱいの大きい人は魅力的なんだろうけどさ。だからってすぐにホテル連れ込んだり、あれこれしようとか考えたら即嫌われちゃうからね」


「さすがにそこまではしねぇよ……」


 元パパ活JKとは思えないまともなご指摘である。


 どうやら柚木は、俺に対して低俗なイメージを持ったらしいな。

 確かにそういう欲望はないこともないが、だからって実行に移すほど俺は倫理を捨てちゃいない。だからこそ、27にもなって童貞なのだ。


「まあ、何。のんびり頑張ることにするよ。柚木のことも、多分頼ると思う」


「うん、いくらでも頼ってくださいな」


 俺はそう言ってレバニラを頬張る。

 それを咀嚼しているうちに、ふと思った。


「そういえば、柚木はどうなんだ」


「ん?」


「好きな異性とか、いないのか」


 そう尋ねると、柚木はポカンとした顔をする。

 口に含んでいたトンカツをごくりと飲み込むと、


「い、いないし」


 何やら頬を赤らめて、そっぽを向いた。

 それはもう怪しい反応である。


「いやいや、絶対いるだろその反応は」


「だ、だからいないってば。そもそも同年代の男子と繋がりないし」


 それは確かに。

 そもそも出会いが無いか。


「あ、でも。前に言ってたろ。同年代の子と一緒に飯食ったって」


「うぐっ……」


「それって男子だったりしないのか?」


「一応……男子ではあったけど……」


「なんだ、繋がりあるじゃねぇか」


「そらっちはッ……‼」


 バンッ——!

 テーブルを叩いた柚木は、真っ赤な顔で立ち上がる。


 照れているのは明らかだった。

 こんな顔をするこの子は初めて見た。


「と、とりあえず座れ。他の客に迷惑になる」


「あ、うん。ごめんなさい」


 ペコペコと、周りの人にお辞儀をして席に着いた柚木。


 何がともあれ、意外だった。

 柚木も柚木で、ちゃんと青春してるんだな。


「そらっちは、別にそういうんじゃないし」


「そうかそうか」


「そうかって……もうっ、ほっちゃん嫌いっ。ぷいっ」


「えっ……」


 こうして見事に拗ねてしまった柚木。

 それから俺は何度も誤ったが、なかなか許してはもらえず。ならばと帰りにコンビニでアイスを買ってやったら、いつの間にか機嫌は元通りになっていた。

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