僕らの夏についての、いくつかの考察。

柑月渚乃

最終話

 明日、夏が終わるらしい。


 透明で青い波が砂浜に流れてきて、乾いた砂が濡れていく。その砂浜にはいくつか濡れた靴の跡があって、それが遠く、ずっと先まで続いている。

 

 明日、夏が終わるらしい。


 夏って不思議だ。冬が終わったら春が始まる気がする、春が終われば夏が始まる予感がする。でも夏が終わっても秋が始まる予感はしない。

 

 夏はここで終わって、エンドロールが青空に流れる。そんな妄想をしてみる。

 夏っていうのは季節というより魔法の一つでさ、きっとそれが明日解けるんだ。解けても秋が始まるわけじゃない。元々秋は始まっていた。秋の最初に僕らが魔法をかけただけで。

 

 少し田舎の、海に近い町。東京から越して来た男子高校生と地元の少女が小さな冒険をする夏。完璧すぎるほどのフィクションだけど皆んな体験しておくべきだったように感じる思い出。


 二人で意味もなく堤防の端に座って、時間が過ぎるのを眺めるようにただ遠くを見つめてみる。

 空中で足をバタつかせ、アスファルトの上に置いた一つのペットボトルを手に取り一度口をつけたのを「飲む?」だなんて言って少しからかって。


 喉の方に一滴の汗が伝ってきて、暗くなってきた街灯のない道路を背に、沈んでいく夕日を二人は静かに見つめるんだ。

 

 夜はホタルを探しに出かけ、昼は釣りの仕方を教えてもらい、サンダルで走る君の後ろ姿を追いかける。

 たまにお爺ちゃんの家の縁側でスイカを食べさせてもらってさ、今度は「クワガタでも探してみない?」だなんて提案をする。


 小学生の頃に戻ったような永遠に続くように感じる日々。写真なんていう一瞬だけのものを撮るのがもったいないほど永遠が美しく輝いて見える季節。


 砂浜から遠くの離れたところ、海鳥たちが海面スレスレを心を連れ去るような鳴き声を響かせながら飛んでいく。

 

 きっとこの夏の輝きは未知の輝きとイコールで、それはいつか失われていくものだと知っている。

 でも、そんな現実から逃げるための道もまた、僕は知ってるんだ。いや、それが僕自身なんだ。

 

 現実はまた季節が変わって続いてく。けど僕のセカイはここで終わり。

 こうしてまた第一話まで戻って終わらない夏を繰り返すんだ。これが僕らの夏、僕らというフィクションの夏。


 いつか戻りたくなったら、ここに来るといい。

 子供の頃には戻れないけれど、戻りたいあの夏は、あの魔法にかかったセカイは今でもここで続いている。

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僕らの夏についての、いくつかの考察。 柑月渚乃 @_nano_

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