第3話:バスでお出かけ、油揚げならなんでもいいのじゃ

「いやぁ、バスに乗るのも久々じゃなー」


「あんまりはしゃぐなよ……」


「いいじゃろ別に。他の人間いないもん」


「とはいえ騒がしけりゃ浮くぞ」



翌日の昼下がり。俺とミケは最寄りのドラッグストアへ花粉症に効く薬とやらを買いに行っていた。町内の乗り合いバスに、他の人の姿は見えない。


後ろ側の適当な席に座りながら、ミケは珍しそうに窓から景色を眺めていた。そこに狐耳も尻尾もない。ただ変わった髪色のロリがはしゃいでいるだけである。どうやら耳も尻尾も隠せるらしい。便利なものだな……。



「これでもわらわ、現代社会には適応しておるのじゃ。今までにも人間に世話になったことがあるしね。たまに洋服を着るのも楽しいし、人間のふりをするのも悪くないなと思うのじゃ」


「それ、俺の半袖半パンだけどな」


「ゆるっとしてて、これはこれで好きじゃ」



太もものあたりまで覆い隠すブカブカの白シャツ。踵まで伸びているゆるい半パンが危なっかしいが、キツく締めたから大丈夫だろう。こう何時間も着られていると、恐らくミケの匂いが移ってると思う。猫吸いのあの匂いに似たスメルを冷房の風越しに感じながら、バスのシートの懐かしい匂いも想像していた。



「──あっ、ほれ、ここで降りるんじゃろ!」



ミケを見つめてボーッとしていたら、途端に手を引かれた。思わず立ち上がって運賃を確認する。俺がポケットから小銭を取り出すよりも早く、ミケがSuicaで決済を済ませていた。小さな商店街前に降りると、すぐに日射しが当たって、アスファルトの焼けた匂いがする。



「まったく……ボケボケしてるから」


「……いやお前、どこからそれ出した?」


「ひ、み、つ、じゃ。貰ったものとだけ」


「太っ腹だな、前に世話になってたやつ……。狐に五百円も出すとか考えられねぇ」


「えへへ、いい人間ばかりなのじゃ」



悪戯っぽく笑いながら、ミケは俺の手を繋ぎ直した。

それから作ったような声をして、



「それじゃああんちゃん、薬屋まで行こっか」


「……親戚の子供を見てる感覚だな」


「そう思ってくれとって構わんよ」


「まともに喋れるんだなお前。のじゃのじゃ言ってるだけかと思ってたから関心した」



年寄りの多い商店街を、雑踏に紛れながら歩く。ミケと手を繋がなければすぐに見失ってしまいそうだ。なにせ小さいからな。とはいえその薬屋もすぐなので、心配は杞憂に終わる。店内に入ると、冷房がよく効いていた。


……そういや、お店の中もなんか匂いってするよな。こういうドラッグストアだと、どういう匂いなんだろう。冷房の風っぽい匂いはするけど。



「花粉症の薬っていうのは、いつもどういうの飲んでるんだ? 錠剤か? 点鼻薬か?」


「両方。鼻が詰まったら点鼻薬じゃ」


「まぁ適当に選べばいいだろ」



一応、子供でも飲めるようなのを選んだ。錠剤タイプと、鼻炎薬みたいなプッシュ式? のやつだ。その他にも店内をグルグル回って、柔軟剤の匂いサンプルなんかを嗅いでみる。手応えがないことに落ち込んでいると、ミケが手を引いてきた。



「兄ちゃん」


「兄ちゃん言うな。なんだ」


「お菓子買って」


「お手本みたいなおねだりだな」


「これっ。食べてみたいのじゃ」



ミケがパッケージを手に取って掲げる。



「油揚げのラスク……? 初めて見たな」


「甘い? 甘い?」


「ラスクなら甘いだろ。気になるから買うか」


「やったのじゃっ!」


「せめてお狐様なら威厳は保てよ……」



俺の手を振って嬉しそうにはしゃぐミケを横目に、精算を済ませて店を出る。本当に子供みたいだ。これが神様なんてことあるんだな。



「少し暇になるけど、やりたいこととかないか? バスが来るまで時間潰すぞ」


「ぶっちゃけ暑いからさっさと家に戻って冷房にあたりながらのんびりしたい……」


「高貴な存在が堕落しきってんなおい」


「世俗的と言ってほしい」



「それに」とミケが続ける。



「さっきからくしゃみ、ずっと我慢してて……。少しでも気を抜いたら、たぶん、耳と尻尾も一緒に出ちゃうかもなのじゃ」


「まぁ、さすがにバレたらめんどくさいな……。ちょうどいいところに自販機もあるし、今ここで薬は飲んじゃうか」


「ん、飲む……!」



期待に満ちた目で見つめられるが、実際どのくらい薬が効くかは分からない。ひとまず定番のミネラルウォーターを買った。その傍らでミケがいそいそと錠剤を取り出している。商店街の隅っこで薬を飲む幼女か……なんか珍しいな。



「んっ、くっ、んくっ……」



手渡したペットボトルを豪快にあおる。

それから器用に薬を放り込んで。

ごっくん……した……?



「〜〜っ……! えほっ、えほっ……!」


「……苦かったか」


「苦い……。お薬はずっと苦手……」


「だったら……ほら、さっきのラスク」



袋を少しだけ開けると、シュガーの甘い匂いが真っ先に香ってきた。指でつまんだそれをミケの口のなかに放り込む。小さい八重歯が見えた。

ついでに俺も一口。うん、甘い。



「ん〜、甘いのじゃ……!」


「もはや油揚げじゃないだろこれ」


「わらわは元が油揚げならなんでもいい」


「お子ちゃま舌のガバガバ判定だな……」



バスが来る頃には、油揚げラスクはとっくになくなってしまった。ミケの強い要望で買い足しして乗り過ごしそうになったのはご愛嬌?

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