洗濯婦の成り上がり ~何故かボンボン様に愛される身に?

アソビのココロ

第1話

「ファニー、こっちもよろしくね」

「はい、任せてください!」


 今日もごしごしお洗濯。

 何故ならあたしは洗濯を生業としているから。

 そしてあたしがいただいた神の恩恵は、洗濯が天職だから。


「一日天気がいいらしいよ。張り切らないとねえ」

「洗う方はあたしがやるから、すすぎと干すのは交代で頼みますね」

「はいはい。ファニーがいてくれて助かるよ」


 冬の洗濯はつらい。

 冷たいのは我慢できても、すぐ手が荒れてボロボロになってしまうから。

 そんな手じゃ満足にお仕事もできず、おまんまの食い上げになってしまう。


 一番大変とされているごしごし洗濯の作業をあたしは受け持っている。

 なぜならあたしは『固い手』の恩恵を持っているから。

 洗濯をしていても手が荒れないのだ。

 

 恩恵というのは、洗礼式の時に神様からいただけるちょっとした力のことだ。

 中には複雑な計算を瞬時に頭の中だけで行えるとか、魔物を素手で殴り倒せるほどの腕力を持つなどのすごい人もいるらしいけど、大抵は口笛が上手とか食当たりしにくいとか、その程度のものだ。


 あたしの『固い手』も普通じゃ役に立たないんだろうけど、洗濯業界じゃ垂涎の的だ。

 神様ありがとう。

 生まれながらに天涯孤独のあたしが世に憚ることなく真っ当な人間でいられるのも、『固い手』のおかげだ。

 だからあたしは神様に感謝して、一生懸命働くことに決めている。


「ファニーもお年頃だろう?」

「えっ? まあ世間一般としてはお年頃なのですかね」

「いい人はいないのかい?」

「いませんよ。孤児ですし」

「そんなの関係ないよ。あんたは器量よしだし働き者だし。『固い手』持ちの洗濯婦なら食いっぱぐれもないし」

「うちの息子はどうだい?」

「おや、言いだしっぺだからって、ファニーをもらえると考えちゃいけないよ」


 アハハと笑い合う。

 最近この手の話が多くなって、少々気が滅入る。


 あたしはこれまで男の子とあんまり接触がなかったからか、ちょっと苦手なのだ。

 神の恩恵のおかげで早くから洗濯婦として働くことができたので、孤児院も早くに退院したということもある。

 洗濯は女の世界だし。


 あたしは結婚なんかしなくて、ずっと洗濯婦でいたいんだけどなあ。


「君」

「はい?」


 急に後ろから話しかけられた。

 えっ、若い男の人?

 鋭い眼差しが格好いい。

 でも明らかに上流階級の人で、三人も従者を連れている。

 こんな場末にいるような紳士じゃないんだけど?


「キャンパース孤児院出身のファニー君で間違いないかな?」

「はい、間違いないです」

「ちょいとちょいと。ファニーはうちらの大事な仲間だよ」

「そうさ。人さらいはお呼びでないよ」


 あっ、人さらいってことがあるのか。

 完全に油断してた。

 皆さん、ありがとう。

 紳士が首をかしげる。


「領民の警戒心が高いことはいいことだ。が、これは困ったな。では私の身分を証明するから、ファニー嬢とマダム達のどなたか、市役所までお付き合い願えないかな。これは保証金だ」


 えっ? 金貨?

 今は鋭い眼差しを和らげてニコニコしている。

 素敵な人もいるものだなあ。


          ◇


 結果として若紳士は何と領主様の息子さんだった。

 お顔を存じ上げませんでした。

 人さらいとか言ってごめんなさい。

 いや、下々の者がボンボン様を近くで見たことなんてあるわけないんだけど。


 まさか禁止されてる人身売買に関わってるなんてあり得ないということで、洗濯マダム達は帰っていった。

 それで何故かあたしはボンボン様に捕まってるわけだ。

 顔が近くてドキドキするなあ。


「コンテスト、ですか?」

「うむ。五年に一度、各領主貴族の威信を懸けて行われる神の恩恵コンテストがあるのだ。一五歳以下の者が領主の推薦を得れば参加できる」


 ぎくっ!

 あたしは働くのに有利なよう一七歳と鯖を読んでいるのに、一五歳であることがバレている。

 気まぐれじゃなくて本格的に調査が入ってるみたい。


「ファニー嬢はそれにブライトウェル公爵領代表として出場してもらいたい」

「はあ……」


 困惑。

 あたしの恩恵は大したものじゃない。

 ただ手が丈夫というだけのものなんですけど。


「勝負に恩恵の種類は関係ないんだ。レベルを競う」

「レベル、と申しますと?」

「その神の恩恵をどれだけ有効に頻繁に使って、熟練度を上げているかということだよ」


 レベルというものがあることは知っていた。

 日々の生活に関係があるわけではないから知識だけだけれども。

 ははあ、それでレベルの高そうな候補者を聞き込みで絞ったと言うことか。


「なるほど、あたしは確かに晴れの日は欠かさず洗濯に明け暮れています」

「であろう? 一般に肉体労働系はレベルが上がりやすいと言われているから。いや、実は私はその人のおおよそのレベルを知ることができる恩恵持ちなんだ」

「だからあたしに白羽の矢を立てたのですね?」

「理解が早くて助かる。ファニー嬢のレベルは年齢に比して非常に高い」


 日常のお仕事が評価されているようで嬉しいな。


「わかりました。そのコンテストはどこで行われるのでしょう?」

「王都だ」


 王都か、困ったな。

 いや、一度王都に行ってみたいとは思っていたけれど……。


「どうした。不安なのか?」

「いえ、お仕事を休まなければならないので、同僚の皆さんに申し訳ないなあと思いまして」

「何だ、そんなことか。では当家から手伝いを出そう」


 何と、そこまで気を使っていただけるとは。

 ボンボン様の心意気には応えずばなるまい。


「引き受けてもらえるかな?」


 偉い方なのだ。

 命令すればすむことなのに、あたしの意思を確認してくださる。


「もちろんです。精一杯やらせていただきます」

「そうか。嬉しいぞ!」


 ああ、眩しい笑顔ですね。

 思わず見とれてしまう。


「もし優勝できれば、当家に可能なことであれば何でも願いを叶えよう」

「そうなのですか?」

「欲しいものはあるかい?」

「はい、あります」


 あたしの心を推し量ろうとする、濃い群青色の瞳が素敵だ。

 欲しいものはある。

 王都の洗濯場には設置されているという、魔道の温水装置。

 あれがあれば冬場の洗濯が随分楽になる。

 いくらあたしの『固い手』が荒れないからといって、寒いものは寒いのだ。


「ハハッ、優勝後に望みを聞こう」

「優勝、できるのですか?」

「わからない。が、かなりいいところまでは行くと思う」


 となると欲も出るなあ。

 頑張ろう。


「では、出立前には御連絡くださいませ。それまで研鑽に努めます」

「いや、もう締め切りギリギリなんだ。ファニー嬢がよければ、午後にでも出発したい」

「えっ?」


 とっても急ぎではないか。

 予想外だった。

 でも王都は楽しみだ。


          ◇


 コンテスト自体はすごく地味だった。

 参加者が魔道の装置に手を触れ、恩恵名とレベルが表示されるだけのもので、一般の観客が大勢いるわけでもなかったから。

 でも王様はじめほぼ全ての貴族の当主が出席しているイベントなので、緊張感はハンパない。

 ただ参加者には私のような平民も多いから、多少の粗相は許されるものらしい。


「優勝おめでとう」

「ありがとうございます」


 驚くことにあたしは優勝した。

 とても晴れがましい。

 ボンボン様もその父公爵様も大変喜んでくださった。


 王族や貴族の間では、努力の証であるレベルは大変尊ばれるものであるそうだ。

 レベルの高い若者を育てることは正しき領政が行われているとされ、神の恩恵コンテストで優勝者を輩出することは領主貴族にとって誉れということだ。

 優勝者を出した領地が国庫に納める税も、五年間半分になるんだって。

 庶民の生活にも影響してくるんじゃないか。

 そんな大層なコンテストとは知らなかったよ。


「コンテストのこととは関係ないのだが、ファニー嬢に質問していいだろうか?」

「はい、何でございましょう?」

「ファニー嬢は読み書き計算ができるのだろう? 言葉遣いも丁寧だ」


 ああ、教育も受けていない庶民なのにってことか。


「職人や農夫はどうだかわかりませんけれど、洗濯婦は毎日が取り引きなので読み書き計算は自然と覚えるものですよ。言葉遣いもある程度丁寧でないと、大きなお屋敷からの仕事がもらえないのです」


 もちろん洗濯婦でも読み書き計算ができる者の方が少ない。

 心得のある者が客に対応するということだ。

 あたしは教育に熱心な孤児院にいたから、基礎は覚えていた。

 洗濯婦になってからも学んだし。


「そればかりではない。こうして話していると気付くことだが、教育を受けた者のように、物事をよく知っているではないか。何故だ?」

「図書館通いが趣味だからでしょうか?」

「図書館?」

「はい。洗濯婦は午前中は忙しいですが、昼以降は取り込むだけですので比較的時間があるのです」


 あたしはいろんな知識を得られる本が好きなのだ。

 お金持ちの顧客と話す時に、様々な話題がある方が得だという打算もある。

 素敵な図書館を無料開放してくれている領主の公爵様には、感謝してもしきれない。


 大きく頷くボンボン様。


「ファニー嬢が向上心のある女性だということがよくわかった」

「いえいえ、そんな……」


 ただの趣味なのだ。

 料理や裁縫の腕を上げようと努力する方が向上心があると思う。


「さて、ファニー嬢の望みを聞かねばならない」

「はい、王都の洗濯場に設置されている、魔道の温水装置。あれを作っていただけると嬉しいです。洗濯婦の冬仕事が楽になります」

「うむ、ああした設備が王都にあるとは知らなかった。洗濯婦の間ではよく知られていることなのか?」

「いいえ、あたしも本で知りました」

「うむ、我が領にも設けよう。他には?」

「えっ?」


 他?

 いくつも願い事を叶えてもらえるものなの?


「……いえ、それで十分でございます」

「えっ?」


 ボンボン様は何を驚いていらっしゃるのだろう?

 あたしはコンテストの成績優秀者ということで、騎士様並みの年金をいただけることになっている。

 しかも温水洗濯場を実現していただけるなら、他に欲しいものなどないのだが。


「……コンテストの優勝者であるファニー嬢はもちろん、上位の成績優秀者は、特能騎士として陛下の直臣になる権利と、終生年金を得る権利を賜っただろう? しかしファニー嬢は陛下の直臣になる権利を断わった」

「はい。あたしは公爵領の洗濯婦ですから」

「私は嬉しかったんだ」

「何がでございましょう?」

「ファニー嬢は私を求めてくれるのだと思ったから」

「私を求め……えっ?」


 それはつまり、あたしがボンボン様のお嫁さんに?


「いやややや、そそそそのような大それたことは……」

「何故だい? どうして神の恩恵コンテストが一五歳以下限定で行われると思う?」


 出場者がお貴族様の婿になりたい嫁になりたいという望みを言うからか。

 そんなカラクリだったとは……。


「例えばファニー嬢が特能騎士として陛下の直臣になっていたなら、優勝者の権利である望みは陛下が叶えることになる。王子妃を望んだらそれは叶えられたよ。おそらく相手は婚約者のいない第二もしくは第三王子になったろうが」

「……」


 マジか?

 どんだけレベルって重要視されているんだろう?


「あたしは平民ですから……」

「ファニー嬢は平民じゃないよ。たとえ陛下の直臣でなくても、ブライトウェル公爵家の特能騎士扱いになるからね」

「えっ? そそそそれでも公爵様の御嫡男様とは身分が違いますから」

「私のことが気に入らないのか?」

「そそそそんなことは……」


 あああああその美形面を近づけないで。

 あたしは恋愛に興味がないんじゃなかった。

 単に面食いなだけだった。


「私が自分で我が領から推薦するコンテスト出場者を探していたのは、私の妻に相応しい者を選んでいたからだ。ファニー嬢は美しき高レベル者であるだけでなく、教養も身に付けているではないか。君は素敵だ」

「ご、御嫡男様」

「私の名を呼んでくれ」


 ボンボン様の名前は何と言うのだろう?

 興味なかったから知らないな。

 自分の住んでる領地の次期領主の名前くらい覚えとけって?

 そうかもしれないけど、本には載ってなかったもの。


「アレックスと」

「アレックス様……」

「私の妻となってくれ」

「は、はい」

「嬉しいよ。ありがとう」


 抱きしめられる。

 美形公子に求婚されてしまうなんて、レベル補正えぐい!

 でもあたしの願いを叶えるという話ではなかったろうか?

 あたしはボンボン様の妻なんて望んでなかったのだが。

 何だか騙されたような気がするけど、イケメンの次期公爵様が旦那さんってすごいな。

 もっと頑張ろう。


          ◇


 帰領してすぐ貴族としての教育が始まった。

 午前中は洗濯婦として働き、午後だけの教育だけれども。

 座学はそう大変ではなかったけど、ダンスと刺繍はヤバかった。


 あたしがアレックス様の婚約者になったことは同僚の皆さんに驚かれたけど、それ以上に残念がられた。

 息子の嫁に欲しかったの甥っ子の嫁に合うと思ってたの。

 あたしのお仕事の評価はどうなの?

 結婚するとさすがに洗濯婦としては働けないと思うんだけど。


 温水洗濯場は一年後に完成した。

 あたしの意見を取り入れ、洗濯に使っていない午後は足湯としても用いることのできる優れものだ。

 ブライトウェル公爵領の新しい名物として、領民だけでなく観光客も立ち寄る場となって領は賑わいを増した。

 もちろん洗濯婦の皆さんにも大好評だ。


「ファニー」

「アレックス様」


 コンテストから三年。

 あたしは一八歳となった。

 明日、アレックス様と結婚する。


「この三年で少しはアレックス様に相応しい淑女になれたかしら?」

「君は出会った日から素敵だよ」


 ……それは変わっていないということでは?

 不安になるわ。

 アレックス様があたしの手を取る。


「『固い手』の恩恵ということだが、君の手は柔らかい」

「……はい」


 働いても苦労が表に出ない手だ。

 手だけを見ると貴族っぽい。


「ファニーの全てが愛おしい」

「アレックス様ったら」


 最初会った時は厳しい目付きの人だと思った。

 あれはコンテストまで時間がなかったことや、できれば自分の伴侶に似つかわしい者をって焦ってたからなんだろうな。

 今のアレックス様はこんなにも優しい。


「明日が待ち遠しい」

「あたしもですよ」


 そっと柔らかな口付けを。

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