避難訓練と少しの秘密
秋田健次郎
避難訓練と少しの秘密
「緊急地震速報です。強い揺れに警戒してください」
黒板の上に備えられたスピーカーから響くその声が教室中に行き渡る。分かっていても、少し緊張する。
「みんな、机の下に隠れて!」
教卓に立つ、担任の先生は避難訓練とは思えないほど緊迫した声で言った。
僕たちは慣れた様子で、先生の指示に従って机の下にもぐる。椅子が引かれて、床と擦れる音がそこかしこから聞こえる。
「ちゃんと、頭を隠してね!」
普段のおっとりとした声音とは違う、鋭くて速い声だ。
体が大きくなるにつれて、体を無理やり縮めないと隠れるのが難しくなってきた。低学年の頃は、頭どころか全身がすっぽりと机の下に収まったのに、6年生になった僕はおしりの方が少し机からはみ出してしまっていた。
教室にいる全生徒が、机の下でじっとしている不思議な空間がそこにはあった。誰もふざけることはない。このあたりは昔あった地震で大きな被害を受けたので、みんな真面目に避難訓練に取り組むのだ。
落ちてくるはずのない蛍光灯や窓ガラスから身を守るため,息をひそめる.
ふと、顔を上げると、隣の席の伏見さんと目が合った。眼鏡をかけていて、顔は少し丸みを帯びている。確か、体育祭の時に同じ係になって少しだけ話したことがあるが、関係性はその程度だ。今この瞬間まで、彼女が隣の席だったことすら忘れていた。
なぜか、しばらくの間僕たちはお互いの目を見つめていた。変な体勢で机の中に押し込まれている伏見さんを見ていると笑いがこみあげてきて、僕は口元を隠して必死に笑うのを我慢した。それを見ていた伏見さんも、つられて笑いそうになるが、唇をぎゅっと結んで我慢していた。
笑ってはいけないと思えば思うほど、その感情は抑えられなくなっていく。年末の番組と同じだ。ここ数年はやっていないけれど。
いよいよ2人ともこらえきれなくなる頃に
「揺れが収まったから、みんな机から出よう」
という先生の言葉が聴こえた。
僕たちも教室のみんなと同じく机からもぞもぞと這い出る。さっきまで、今にも吹き出しそうだった2人は、そんなことさっぱり忘れたように真剣な表情に戻った。
それでも、2人だけの妙な秘密を共有した気持ちになって、思わず少し微笑んでしまった。
伏見さんの方を見てみると、彼女も僕と同じような表情をしていた。
避難訓練と少しの秘密 秋田健次郎 @akitakenzirou
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