第6話 大半の事は自分の知らないところで進む

 放課後。

「春陽。今日もバイトだろ?一緒に行こうぜ」

 悠介が春陽にフェリーチェまで一緒に行こうと誘った。

 悠介は時々フェリーチェに来る。中学の頃からちょくちょく来ており、麻理とも顔なじみだ。バイト先が駅前にあり、中途半端な隙間時間ができてしまうらしく、そういう時はフェリーチェで過ごすことが多い。

 麻理がコーヒーを出してくれることも大きいだろう。


 わかったと春陽が答え、二人でフェリーチェへと向かった。


「いらっしゃい――ってあら悠介」

「こんちはっす。麻理さん」

 悠介はカウンター席の端に座ると麻理に春陽も一緒に来てることを伝えた。

 今は裏から入り、着替えているところだろう。


「はい、コーヒー」

「ありがとうございます。――やっぱ美味いっす」

「ふふっ。ありがと。今日もバイト?」

「そうです」

「あんたも頑張るわねー」

「いやー、俺はそれほどでも。そういうのはあいつに言ってやってください」

 あいつとはもちろん春陽のことだ。


 そんな話をしていると春陽がバックヤードから出てきた。

「お疲れ様です、麻理さん」

「今日もいいわね!」

 麻理は春陽の方へ体を向けると親指を立てた。

「…………」

 それには何も返さず春陽はそのまま働き始めた。

 今日は洗い物が溜まっているのでまずはそれを片付けることにした。


 春陽が働き始めたのを確認し、麻理は悠介に気になっていたことを聞いた。

 春陽に聞いても特に何もないとしか返ってこなかったのだ。

「ねえ、悠介。最近学校でハルに変わったことない?」

「?特にないと思いますけど。何かあったんですか?」

「んーそうねえ。…例えば白月雪愛ちゃんってすっごいきれいな子がハルに話しかけてきたり?」

 コーヒーに口をつけようとした悠介は危うく咽てしまうところだった。麻理から出てくるはずのない人物名が出てきて驚いたのだ。

「麻理さん白月を知ってるんですか!?」

「まあちょっとね。それでどう?」

「いや、ハルどころか白月が男に自分から話しかけるのなんて見たことないっすね」

 この店では悠介も春陽のことをハルと呼ぶようにしている。

 春陽のスタンスを知っているため、光ヶ峰の生徒も来ることのあるこの場所で、自分発信でバレてしまうことを防ぐためだ。名前くらいで学校での春陽の擬態がバレるとは悠介自身思ってはいないが。

「そうなの?」

 麻理が驚いた顔で確認すると、はい、と肯定が返ってきた。悠介が言うには、雪愛は男性が苦手ということで有名らしい。高校で何度も告白されているがすべて断っているようだ。そのため、実はずっと好きな人がいるなんて噂もあるのだとか。他にも恋愛に興味がないとか男嫌いだとか色々と言われたりもしているが、告白する者も依然として多いらしい。

「……とてもそんな風には見えなかったけどなぁ」

 麻理は先日の雪愛の様子を思い出して呟いた。

 雪愛が春陽のことを聞いてきた時などは見てて微笑ましさを感じたほどだ。けど、悠介の言葉の別の部分には、やっぱりなと思った。学校での春陽とここでの春陽を同一人物と見るのは中々に難しいことだ。春陽は意図的に分からないようにしているのだから。



 麻理と悠介がそんな話をしていると、扉が開き、今まさに話していた人物、雪愛が入ってきた。

「!?あら!雪愛ちゃん!いらっしゃい!」

「麻理さん、こんにちは。先日はありがとうございました」

「えっ!?白月!?」

「あなたは…佐伯くん?」

 麻理は気にしなくていいのよ、と言うと、どうぞ、座ってと悠介の隣のカウンター席を雪愛に示した。雪愛が先日座った席が悠介の座っているところで、その隣の席だ。

「お!覚えててくれたんだな。サンキュー。白月もここに来てたんだな」

「ええ。この前初めて来たの」

 麻理が何か飲むか聞くと、雪愛はカフェラテを注文した。

 この間飲んだカフェラテが本当に美味しかったのだ。

 はーい、ちょっと待っててねと言って麻理は早速作り始める。

 雪愛は麻理に何か話があるのか、チラチラと麻理の作業を眺めている。

 悠介もそんな雪愛の様子に今は黙っておこうと沈黙を貫いた。


 麻理がお待たせと言ってカフェラテを雪愛の前に置くまでそれほど時間は経っていないが、悠介にとっては結構居心地の悪い時間で非常に長く感じた。


 雪愛はありがとうございます、とお礼を言い、一度カップに口をつけると、おいしいと呟き微笑んだ。

 そして、意を決したように麻理へと顔を向けた。

 悠介の事は完全に居ない者扱いだ。


「あの、麻理さん。ハルくんのことなんですが……。二日間探したんですが学校で見つけられませんでした…」

「っ!?」

「そっかぁ。それは残念だったわね」

 悠介は驚愕に目を見開き、麻理は苦笑ぎみだ。


「ちょ、ちょっと待って!白月はハルがウチの学校にいること知ってんの!?」

 復活するのも早かった悠介が雪愛に確認を取る。ハルくん呼びも気にはなったが今はこっちだ。

「…ええ。この間麻理さんに教えてもらって、ハルくんも認めてたから――――って、待って。佐伯くんも知ってるの!?」

 そんな悠介に対し、若干面倒臭そうな顔をした雪愛だったが、思考が追い付いた。

「知ってるっていうか…えーと…」

 悠介は何と言ったらいいかわからない。雪愛がどこまで知っているのか、どういう理由で探しているのか、何もかもわからない中で下手なことを自分から言う訳にはいかないと麻理に助けてほしそうに目を向けた。

 そんな二人を見て、はっきりと苦笑を浮かべた麻理が助け船を出した。


「ねえ、雪愛ちゃん。もし良かったら、この間のこと悠介に話してもいいかしら。こいつ、ハルとも結構長い付き合いでね。もしかしたら協力してくれるかも?」

 麻理は、雪愛に向けていた顔を最後だけ悠介に向けて言った。

 麻理の言葉通りなら悠介はかなり親しい関係ということだ。自分などよりもよっぽど…。そのことになぜか胸のあたりがモヤモヤしたが、今は協力を得られるならと頷いた。

「……はい」


 雪愛の同意を得た麻理は先日のことを簡単に悠介に伝えた。

 雪愛も麻理の話に当時の状況や自分から見た春陽のこと、帰りの時の話などを補足した。その頬は若干赤みを帯びていたが。

 悠介は春陽が雪愛を助けたと聞いたときも驚いたが、あの雪愛が男である春陽に興味をもつなんてとそちらにも衝撃を受けていた。


 ちなみに、当然のことだが、こんな話をしながらも、麻理はきちんとお客さんが入ってくれば声をかけるし、注文が入ればコーヒーを淹れている。春陽も洗い物を終えて注文を取りに行く時などに、雪愛が来店していて三人で話しているのを見かけている。

 しかし、春陽にとっては、自分に関わってこない分には問題ないと大して気にしなかった。麻理と仲良くなったんだなぁと思うくらいだ。

 まさか自分の話で盛り上がっているとは露程も思わない。


 閑話休題。


「だからこの二日間、二年の教室を全部見て回ったんだけど見つからなくて……」

 雪愛が最後にそう締め括った。

「なるほど……そんなことがあったんすね…」


 そう言った悠介の内側は大変なことになっていた。

(なんだその展開は!?あの春陽が女の子を助けた!?しかもそれが白月で!?白月はなんか春陽のことめっちゃ気になってるし!ってかこんな白月見たことあるやついんの!?それでも春陽はブレずに隠そうとしてて。ってか白月のこれは本当にただ仲良くなりたいとか知りたいだけか!?ってんな訳ねえだろ!え?つまりそういうこと!?)

 自分で自分にツッコんでしまうほどだ。


「そうなの。それで悠介。何かいい案ない?」

 そんな悠介の内心を知ってか知らずか、麻理からかなりの無茶ぶりが飛んできた。

 いい案と言われても悠介だって困る。一番簡単なのは雪愛に同じクラスの風見春陽だと教えてあげることだ。けど、麻理はそこまで伝えるつもりはない様子なのだ。

 麻理がいったいどういうつもりなのか、それがわからなければどうにもならない。


 悠介は春陽をチラッと見てから真剣な表情で麻理に問いかけた。

「麻理さんはと思ってるんすよね?」

 これは確認だ。春陽が嫌がっていることをわかった上で雪愛に知られてしまっていいのか、と。

 麻理も悠介が何を言いたいかはもちろんわかっている。

 麻理は春陽のことを大切に思っている。本当に大切に思っているのだ。けれど、それは全くと言っていいほど春陽に伝わっていない。春陽の心は閉ざされたままなのだ。それをなんとかしたいとずっと思ってきた。どれだけ春陽を褒めても社交辞令のようにしか受け取ってもらえない。麻理はなぜ春陽がそんな風になってしまったかを知っている。そうなってしまっても仕方ないほどの状況だったとも思っている。そんな春陽が自分から雪愛を助けた。理由まではわからない。それでも、その事実と雪愛と話したときに自分が感じた雪愛の気持ちを信じて、いや、信じたくて、同級生であることを伝えたのだ。

 春陽のことも雪愛のことも考えてしまって、まどろっこしいことをしていると麻理自身自覚もある。

 けれど、それでも――――。

「ええ。もちろんよ」


 悠介は、麻理の返事を聞いて、わかりましたと答えてからあらためて考えた。

 そして、かなりの荒業だが、一つ思いついた。

「あの、麻理さん。今年も今度の連休のやつってやるんですよね?」

「ん?もちろんやるつもりよ。この週末にでも確認しようと思ってたけど悠介と楓花ふうかも今年も行くってことでいい?」

 悠介が確認したのは、春陽がここに住んでいた頃から始まったもののことだ。

 悠介自身、中学二年の時から参加させてもらっている。

 ちなみに楓花とは悠介の二つ下の妹のことだ。悠介に現在彼女はいない。

 楓花は悠介が中三、楓花が中一の時から参加している。

 佐伯家の遺伝か、悠介と同じくさすがのコミュ力ですぐに麻理とも仲良くなり、楓花にとって麻理は頼れるお姉ちゃんという感じだ。

 春陽の保護者的な立場の麻理だからこそ、最初、麻理おばさんと呼んだ楓花は、目が笑っていない笑顔で訂正を受け、麻理さんと呼ぶようになっている。楓花はこのことで一歩大人になった。


「それはもちろん。俺は参加で。風花も参加だとは思いますけど一応確認しておきます。それで……白月も一緒ってのはどうですか?」

「!ああ!そっか。そういうのもアリね!」

 悠介の提案に納得顔で頷く麻理。

 雪愛だけが取り残され「なんのことですか?」と困惑顔だ。

「ねえ雪愛ちゃん。五月四日って何か予定あったりするかしら?」

 五月四日は連休中の一日だ。もし雪愛に予定があればそもそも前提が崩れる。

「いえ、特にはありませんけど……」

 雪愛と沙織は五月の連休に出かけることは滅多にない。年度当初は沙織が忙しいので貴重な休みということもあるし、この時期はどこに行っても混むしであまり予定を立てない。出かけると言ってもご飯を食べに行くことがあるくらいだ。代わりに夏や冬には二人で旅行に行ったりもする。


「そうなの!それじゃあ―――――」

 そこから麻理はその日に何を予定しているかを話した。

 話を聞いていくにつれ、雪愛の目が輝いていった。


「―――という感じなんだけど。雪愛ちゃんも一緒にどう?」

「ぜひ!行きたいです!」

 その反応に麻理は満足そうにし、悠介は本当にこれがあの白月雪愛かと苦笑いだ。


 そして、それならば連絡が取れた方がいいということになり、雪愛は麻理と連絡先を交換した。


 ここで悠介は交換しなくていいのか、というと、雪愛の連絡先自体は始業式の日に既に知っていたりする。場を仕切ってくれる葵や周りに人が集まる和樹、コミュ力の高い悠介などが率先して、コミュニケーションアプリでクラスのグループを作ったからだ。春陽は面倒臭そうにしていたが、悠介が半ば無理やりグループに入れた。放っておくと春陽ならスルーするだろうと踏んでのことだ。

 なので、当然『風見春陽』の連絡先も雪愛は知っているのだが……。


 麻理と連絡先を交換した雪愛は早く春陽とも連絡先を交換したいと強く思ったのだった。


 その後も、しばらく話していたが、悠介がそろそろバイトだということでバイト先に向かい、雪愛もいい時間だと家に帰ることにしたのだった。



 こうして春陽の知らないところで事態は着々と進んでいった。

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