第5話 思ったようには進まない、それが現実

 翌々日。

 すでに本日最後のロングホームルームの時間だ。

 これから球技大会の種目決めがある。

 そんな中、雪愛は自席で深いため息を吐いていた。

(いない……)

 昨日、今日と登校した雪愛は、休み時間の度に他クラスの教室を見に行った。

 結果、どこにも春陽は見つけられなかった。

 もしかしたら、たまたまトイレなどで席を立っている時に教室を覗いてしまったのかもしれないとできる限り何度も探したが、見つからず、簡単に見つかると思っていたのでその疲労度はかなり大きい。

 休み時間の度にどこかに行くから、友達もどうしたの、何かあった?と心配して聞いてきてくれた。

 けど、なんて言えばいい?端的に言えば、ハルって呼ばれている男子生徒を探してる、だがそれだけでは自分でも理解できない。完全に変な人だ。この人急に何言っているのという感じだろう。

 だから何とか誤魔化した。


 だが、他クラスの特に男子からすれば大きな話題となった。何と言っても、学年一、学校一とも呼び声高い美人である雪愛がクラスを覗いて誰かを探している様子なのだ。

 実際、クラスによっては、雪愛に対し「どうしたの?白月さん」と特攻をかける男子もいた。

 しかし、雪愛の返事は「なんでもないの、ごめんなさい」という実に呆気ないものだった。

 こうしたことがこの二日で二年の全クラスであったと考えれば、尾ひれがついた噂が広がるのもあっという間だった。


 ちなみに、春陽はと言うと、そんなことは全く知らず、いつも通りの日常を謳歌していた。


「それじゃあ、これから球技大会の種目決めをしてもらいます。まずは、みんな出たい種目のところに名前書いてね。男子は二人複数種目出てもらうことになると思うからそこは後で決めましょう。それじゃあここからはクラス委員の伊達さんに任せるわ。」

 担任の東城がクラス全体に指示を出した。


 この学校では各クラス一人のクラス委員を始業式の日に決める。このクラスのクラス委員は眼鏡の良く似合う伊達葵だてあおいという女子生徒だ。学年でも上位の学力だが、それを鼻にかけることもなく、気さくなところもあり、姉御肌な感じの女子だ。


 教室前の黒板には、男子女子のそれぞれの種目がすでに東城によって書かれている。

 男子は、サッカー、バスケット、バレー、女子は、テニス、バレー、バドミントンだ。

 これらすべての競技で、全学年二十四チームを四チームずつ六グループに分けてリーグ戦を行い、一位のチームだけでトーナメントを行う、という形だ。結構な試合数になるため、試合時間短縮やセット数を減らすことで対応している。

 さらに、サッカーは九人制で、その分コートは小さめでグラウンドを半分ずつ二試合同時にできるようにしているし、バドミントンとテニスはすべてダブルスで三組出場する形だ。

 室内スポーツはこの学校にある第一、第二体育館をそれぞれ三分割してコートとし、試合数を消化する。

 リーグ戦で負ければ、三試合をしてその後は自由に過ごせる。

 とは言っても大抵の生徒はクラスの他の試合や友人、部活動仲間などの応援をしているが。


 春陽は去年、サッカーに出場し、コートの端で立っているだけだった。サッカーは出場人数が一番多いので端っこにいればほとんど動かなくても誰も何も言わない。去年のクラスメイトが春陽の見た目から運動ができるとは期待していなかったというのも大きいが。チームは見事にリーグ戦で敗退し、その後の時間を春陽は昼寝をして過ごしていた。

 今回も春陽はその手を使うつもりでサッカーに名前を書いた。


 全員が書き終わったが、ここで問題が発生した。

 男女ともにバレー六名、バスケは五名、サッカー九名、テニス六名、バドミントン六名が決まれば確定だ。

 この学校は各クラス三十六人で編成されている。男女比もほとんど同じになるようになっているが、このクラスはちょうど男女十八名ずつとなっているので良いが、過分が出る場合はローテーションでポジションが変わるバレーでと決められている。


 閑話休題。


 女子の方は、かなりスムーズに決まった。

 黒板に書いていく途中でも、自分たちで話し合いながら、じゃあ私こっちにするね、などお互いに譲り合いながら平和的に決まった。

 しかし、

「……男子。バスケが一人もいないんだけど?」

 葵が男子達に向けて言った。若干目が細められ怒っているように見える。

 男子側の種目名の下には、バレーのところに五人、後は皆サッカーのところに名前が書かれていた。

 これは、皆サッカーがしたいという訳ではない。バスケだとどうしても一人ひとりの負担が大きいし、バレーも上手くできる気がしない。そうして、運動が苦手なら人数の多いサッカーにと考える者もいる。

「だってさ~、このクラスバスケ部いないじゃん?すぐ負けそうだし、それならサッカーの方がいいっしょ。なんたって新条がいるんだし」

「そうそう。一年の時からレギュラーだろ。体育でサッカーやった時も誰も止められねえんだもん」

「いや、相手にもサッカー部はいるだろうし、勝てるかどうかは別だろ…」

 運動部に所属しているかどうかに関わらず、運動が得意な男子達がサッカーを選んだ理由を言う中、和樹は困ったように苦笑を浮かべて反論するがスルーされ、また他の男子が同調していく。


「ってかさ、中学でバスケ部だったやつとかいねえの?」

「サッカーに運動得意なやつ集めてマジで優勝目指すとかどうよ?」

「お、それでいいんじゃね?」

 男子達は思い思いに話し出すが、言い方に問題があると葵が止めに入ろうとした。

「ちょっとあなたたちもうちょっと真面目に――――」

「はい、は~い!じゃあ俺と風見がバスケ行くわ!」

 そこに悠介が明るい声で割って入った。


 春陽は黒板に自分の名前を書いた後は我関せずの姿勢を貫いていた。

 クラスの中心にいるような連中が何やら話しているが、自分には関係ないとぼんやりしているとこに隣に座る悠介が声をかけてきた。

「なあ、春陽。お前、一年の時みたいに球技大会やり過ごしたくてサッカーに名前書いたんだよな?」

「ん?なんで去年のこと知ってんだ?」

「そりゃ去年春陽が出てる試合見たからだよ。対戦相手俺のクラスだったし。お前全くやる気なかっただろ?」

「なるほど。まあその通りだな。けど悠介だってサッカーに名前書いてるじゃないか。お前ならバスケでいいだろ」

「んー、まあ俺のことは置いておいて。今年はサッカーそういう感じにならなそうだぞ?」

「なんで?上手いやつがいるならなおの事一人くらい俺みたいのが混ざってても大丈夫だろ」

「どうもそうはならなそうだぜ。……なあ春陽。俺に付き合ってくれねえか?」

 悠介は一年の時はバスケに出場した。

 それなりに楽しめたが、今年は春陽と同じクラスになれた。

 また、春陽とバスケの試合ができるかもしれない、と期待していたが、春陽は全くやる気がなかった。

 それなら、自分もどれでもいいと思ったのだ。バスケ部がこのクラスにいないことはわかっていたし、なら一年の時よりも楽しむのは難しいだろうと。だから春陽と似た理由でサッカーに名前を書いた。

 だが、どうもそういう流れではないらしい。

 どのスポーツもチームスポーツだし、一人上手い奴がいるからと言って勝てるものではない。

 加えて、サッカーなんて活躍して目立つのは基本的に和樹で、良くても数人程度だろうにとは思うが、その数人に入りたいのが彼らなのだろう。確かに勝ち進んでいけば、それだけ応援にも熱が入るし、負けたクラスメイト達が応援に集まる。それだけのだろう。

 このクラスには雪愛がいるのだから。

 悠介には彼らが求めているものがある程度予想できていた。

 だから、悠介は春陽に提案しようと思った。

「……何を?」

 何か嫌な予感を感じて訝しみながら春陽は訊いた。

「頼む!サッカーだと下手したら本当に勝ち進んじまうぞ!?春陽もトーナメントまで拘束されんの嫌だろ?」

「…それは…まぁな」

 本題を言わない悠介だが、言うことは春陽にとっても間違いないため頷いた。

「ならさ、すぐ負ける可能性のある競技出ようぜ!」

「っ!?俺はもうバスケやるつもりはないぞ」

 悠介の言いたいことが明確に伝わった。確かにこのクラスならバスケが一番負ける可能性が高いだろう。バレーにもバレー部の奴が二人入っている。どれもチームスポーツのため、他のメンバー次第だとも思うが。

 だが、春陽にはもうバスケをまともにやろうとは思えなかったのだ。中学でのバスケ部で嫌気が差してしまっていた。

「中学のバスケ部とは違うんだしさ。久しぶりにバスケやって、まあ負けるだろうけど楽しもうぜ?」

 春陽が何を考えているのか顰めた春陽の顔でわかった悠介はさらに春陽に言った。

「……適当に流すだけだぞ…」

 悠介の言い分も正しいのだ。バスケはもうやりたくない。けど、春陽としては球技大会はさっさと終わらせたい。サッカーはなぜか皆やる気に満ちている。バスケならバスケ部のいないこのクラスでは勝つ可能性は低い。なら、一年の時と同じようにできるのはバスケが一番確実だろう。

 そこまで考え、心の天秤が傾いた春陽は、悠介に了承の意味で答えた。

「おう!サンキューな!」

 悠介は満面の笑みで春陽に礼を言った。

 春陽はそれに溜息を返した。


「はい、は~い!じゃあ俺と風見がバスケ行くわ!」

 悠介の声に反応した男子達は、突然で驚いたが、自分からバスケに行ってくれるという二人に上機嫌だった。

「いいじゃん!これで二人決まりだな!」

「悠介一年の時バスケ出てたもんな!」

「後は!?どうする!?」


 その後、クラスでも小柄な男子の安田隆弥やすだたかやが、自分もバスケに行くと言って三人目が決まった。

 なら自分もともう一人、中肉中背と言った感じの高橋蒼真たかはしそうまが続けてバスケとなった。

 この二人、あまり運動が得意ではない、つまりサッカーを選んだ理由が春陽の考え方に少し似ているか、もしくはサッカーを選んだ男子のノリが合わないのだろうか。


 理由はどうであれ、悠介の一言から、一気にバスケも四人まで決まったところで、葵が四人に向けて言った。

「ありがとう、佐伯くん、風見くん、安田くん、高橋くん。それじゃあ男子は後、複数種目出る人を決めてね?」

 すると、男子達はまたわいわいと話し始めた。

「一人は和樹でいいんじゃね?こいつ何やってもすげーのは体育でわかってるし」

「まあそうだよなぁ。じゃあもう一人は石橋どうよ?」

 今名前が挙がったのは、石橋健吾いしばしけんご。野球部のレギュラーで高身長のスポーツ万能型だ。健吾もサッカーに名前を書いていた。

 名前を挙げられた和樹と健吾はそれぞれ、皆がそれでいいならと二種目出ることを了承した。

 すると、バレー部の男子がバレーの残り一人に健吾をと言ったため、健吾がバレーに、和樹がバスケにと決まった。


 一方、雪愛はバドミントンに決まった。

 雪愛は、体を動かすのは好きだが、得意という程ではない。一年の時はバレーに参加したが、勝ちに行く、というよりもみんなで楽しくという感じで実際に楽しかった。今年は、仲の良い四人組で一緒にバドミントンをすることに決めた。雪愛のペアは綾瀬未来あやせみくだ。先日イケメン店員のいるカフェに行こうと誘ってくれた女子である。

 未来と一年からの友人である、芝田瑞穂しばたみずほ遠野香奈とおのかなを合わせた四人だ。ちなみに、お昼もいつもこの四人で食べている。


 男子たちが何やら揉めている中、雪愛は再び全く進展しなかったハル探しのことを考えていた。

 何組にいるのか、毎回すれ違ってしまっているのか、色々な考えがぐるぐるとしている。

 もうすぐ連休に入ってしまうし、このままでは嫌だと思い、放課後フェリーチェに行こうと決めた。


 するとそこで、雪愛の前の席に座る瑞穂が横向きに座り直し、雪愛に声をかけてきた。

「男子達揉めてるね~」

 瑞穂はしらーっとした表情を浮かべていた。何となく男子が燃えている理由を察しているからだ。その理由であろう雪愛は、と話を振ってみたのだが。

「え?」

 雪愛はその声に自分の思考の中から現実に戻されたところだった。

「バスケ誰もやろうとしないんだって」

「どうして?みんな苦手なの?」

「いや、なんかバスケは勝てないからだって」

 こういうことには本当に興味がないなと瑞穂は苦笑した。


 一年の時に同じクラスになり、ものすごい美人がいると思った。スタイルもよく、男子の目を釘付けにしていた。最初はこういう子って性格悪かったり?なんて思ったりもしたけど、実際はすごくいい子だった。

 すぐに仲良くなっていき、女子数人で恋バナをしたときに、雪愛が告白を悉く断っているのは理想が高いのかっていう話になり、その時に男性が苦手と教えてくれたが、雪愛の興味の無さは苦手どころか嫌いレベルだろうと思っている。

 今も盛り上がっている男子達は雪愛にいいところを見せたいとかそういうのだろうが、当の雪愛は気づいてもいない。去年の男子達と同じ現象だからよくわかる。

 けど、少し心配でもある。女子の中には、誰とも付き合わず、告白されても断るだけ。好きな人がいる訳でもない、気を持たせているだけに見える同性を良く思わない人もいるからだ。


 そんな会話をしていると、悠介が自分たちがバスケに参加すると言った。


「お、佐伯たちがやるみたい。佐伯と風見って仲良いんだね。佐伯はともかく風見は運動とかできなさそう」

「そうなんだ?」

 言いながら、瑞穂の視線の先、悠介と春陽がいる教室後方に雪愛も目を向けたがそれだけだ。

「雪愛ってば、ほんっと男子に興味ないね~」

今度は声に出して言い、笑いも隠さなかった。


 二人決まったところで次々とバスケのメンバーも決まっていく。


「ま、これで男子もメンバー決まったかな。長引かなくてよかった」

「そうね」

雪愛もホームルームが延長なんていう事態にならずほっと安堵した。


 出場種目がすべて決まり、東城が最後を締めてロングホームルームは終わった。


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