第24話
「なんかありました。いつもの接客態度とはなんとなく違うような気がしましたが」
レジに戻ると朝岡が言った。
「いや……なにも」
朝岡にとっては普通の接客には見えなかったのだろう。
「なんとなく、怖かったです」
「そうか?」
正直に話そうかと思ったが、辞めておいた。
奥から佐山と深沢が出てくる。
「どうでしたか、話は」
深沢の表情は明るい。
「明後日本社で面接することになりました」
「と、いうわけですので、その日は深沢さん、お借りしますね」
佐山が物腰柔らかく言う。今日も事実上の面接みたいなものだろう。専務が深沢と話していた時間的に、ほぼ採用で決まりだな、と思う。
「靴、頑張って売ってくださいね。この半年、ずっと売上悪いですから」
釘を刺すように言われ、胃がキリキリした。佐山はお辞儀をして店を出て行く。
恭介と、朝岡もお辞儀をしたまま見送る。
「専務が来るとやっぱり緊張しますね」
「不意打ちで来られるから困る」
「ですね」
それからは、普段通りの仕事をこなした。深沢は凄く嬉しそうにしていた。
仕事が終わり、マックでダブルチーズバーガーを買う。
それからコンビニで弁当を買おうとするも、また売り切れだった。帰って何か作ろう。
冷蔵庫には何があっあだろうか。
冷蔵庫の中を思い浮かべて家に着くと、部屋から明かりが漏れていた。こうして帰ってきたときに明かりが漏れているものも今日で最後。そう思うと、なんとも言えない感情が込み上げてきた。
鍵を開ける。沙耶の姿が見えた。その姿にほっとする。
「ただいま」
「お帰りなさい」
いつもより元気がないように思えるのは、やはり朝の供養から子供を偲んでいたせいだろうか。恭介は手洗いを済ませると、ダブルチーズバーガーを渡した。
「本当に食べていいんですか」
「もちろんだ」
「では、最後の晩餐をさせて頂きます」
そう言って、ダブルチーズバーガーにかぶりつく。もう一度だけ、あゆみがハンバーガーを食べているところが見たくなった。
やっぱり沙耶を、あゆみと重ねて見ている。今日買ったハンバーガーだって、あゆみが十歳の時に食べられなかった贖罪のようなものだ。
キッチンに立って野菜を炒め、味噌ラーメンを作った。つるつると胃に入るものが食べたい。それに、三十分程度で作れる。
テーブルの上にラーメンの入ったどんぶりを置き、沙耶と向かい合った。
「今日はどうしていた」
「午後まで生まれて来られなかった赤ちゃんのことを思い、それから両親にお別れを言ってきました。両親ともに仕事だったのでそれぞれの会社まで行って、様子を見ていました。よく働いていましたよ」
「自分の気持ちに整理はついたか」
ラーメンをすすり、言った。
「正直まだ、消化しきれていないです。でも、それでいいと思っています。気持ちの整理ならあの世でもできると思いますし」
「消化しきれていないと、成仏できないんじゃないか」
「わかりません。でも気持ちをきれいさっぱり消化して死んだ人っているのでしょうか」
確かに死んだ人の誰もが、自分の心に整理をつけて死んだわけではないだろう。もちろんそういう人もいるだろうが。
「やりたいことはもうないか」
「ないです。水子供養がやりたかっただけですし。お肉食べたかったのもカラオケ行きたかったのも遊園地へ行きたかったのも本当ですが、今は赤ちゃんが成仏して落ち着いています。明日はよろしくお願いいたします」
沙耶は頭を下げる。
「こちらこそよろしく」
沙耶の悲しみが少しでもなくなるならば、それでいい。
寒さが厳しくなってきた。
恭介は風呂に入ると、いつものスエットをさらに重ね着して、髪を乾かす。
午後十一時。店は八時に終わるのに、家に帰ってご飯を食べてお風呂に入ればすぐこんな時間になってしまう。
リビングで特になにもせずに座っていた沙耶に、声をかけた。
「明日は早いし、そろそろ寝ようか」
「そうします。ダブルチーズバーガー、ありがとうございました。おやすみなさい」
「おやすみ」
沙耶はクローゼットの中に入っていく。恭介も寝室入ると、四時半にアラームをセットして、眠ることにした。
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