第23話


雄一は驚いたような顔をした。


「息子ですよ。知り合いですか?」


やっぱり息子だったか。知り合いでも何でもないのだが頷く。


自分はなにも関係ない。そのような顔をしている。内心で激しい怒りが煮えたぎっている。お前の息子は人を二人殺している。しかも彼女とその子供を。


番号を承認した機械音だけが流れる。


「あ、こちらのポイントカードも、機械にスライドさせてください」


店員と客。それ以外の何物でもない。息子を殴らせろ、とも言えない。


家族は関係ないのかもしれない。加害者の両親にも抱えているものはあるのかもしれない。でも、雄一の顔はあまりにも涼しげで、それが逆に恭介の怒りを煽る。


お前の育て方が悪くて、息子はDV男になったんだろうが。よくそんな顔で生きていられるな。被害者家族の気持ちを考えたことはあるのか?


次から次へと出てくる怒りを飲み込む。


雄一はポイントカードをスライドさせた。


「あの、息子のこと。もしかしてその、ご存じなのですか」 


ご存じ、とは事件を起こしたことだろう。


恭介から何かを感じ取ったのか、雄一は訝しむ様子を見せた。


「ええ。以前青天目啓二様もこのお店をよくご利用いただいていたので……」


苦し紛れに言う。


「そうだったんですか。このお店に家族で売り上げ貢献できてよかったです」


あんたは息子が人を殺したことをなんとも思っていないのか?


喉元まで出かかる言葉をこらえる。


今日は奥に専務もいるのだ。下手なことは言えない。


袋を渡して頭を下げると、雄一はぽつりと言った。


「私たち一家も見る人が見れば犯罪者の家族と扱われています。なんとか働かせてもらっていますが、息子とはもう縁を切りました」


それを聞いて冷静になる。


親を責めるのはお門違いだろうか。息子も成人しているのだから、罪はすべて息子にある。そう思い直す。


「そうですか」


柔らかく言う。


「でも、時々、あちらのお嬢さんに出会わなければと思うことがあるんです。そうすれば息子は捕まらずに済んだのかもしれません。息子には未来があったのに、交際相手の女性は息子をたぶらかして。挙句私たちもいろいろ言われて。ちょっと悔しいですし、憎いですね」


は? 息子をたぶらかした? 沙耶が? 悔しい? 憎い? 


なにを言っているのだろう。息子が沙耶と子供を殺しておいて親もその態度では許せない。殺された沙耶を悪者にすることはどうしても許せない。 



本当に未来が閉ざされたのは沙耶のほうだ。本当に無念なのは沙耶なのだ。


恭介は精いっぱいの笑顔で言った。


「息子さんは生きているので未来はあるでしょう。それこそ死んだ者が浮かばれません。こういうことは親の育て方もありますからね」


雄一は目を見開き、なにかを言いかけた。


「どうもありがとうございました。またのご来店をお待ちしております」


恭介は雄一に何か言い返される前に満面の笑顔を作り即座にお辞儀をする。むっとした表情をしていたが、無言で出て行った。


雄一としてはおそらく同情してほしかったのだろう。


殴ることも責めることもできなかったけど、嫌味のひとつは言えた。


それだけでも、恭介の心はちょっと軽くなった。


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