第17話


結局立て続けに三種類の絶叫マシーンに乗って、午後二時が過ぎた。


「そういえば、お昼、食べていないわね。お腹空いた」


蓮美がお腹を抱えている。


「なにか食べよう。食べたいものはあるか」


「なんでもいいわ」


「沙耶はなにか食べたいものはあるか」


「ハンバーガー。といいたいところですが、多分、物が浮いているように見えると思うので、ここでは何も食べません」


沙耶はあくまで明るい。でも、沙耶までハンバーガーとは。


「今度好きなハンバーガー、食わせてやるからな」


「いいんですか? ダブルチーズバーガーが食べたいです」


「わかったよ」


お昼は、遊園地内のレストランに入り、パスタを頼んだ。


案内されたのは四人掛けの席で、恭介の隣に沙耶が座っている。


恭介は息をついた。そろそろ具合の悪さも限界かもしれない。


「観覧車乗って景色を眺めたら帰りましょう! ごめんなさい、具合が悪いのに付き合わせて」


沙耶は本当に申し訳なさそうにそう言う。


「いや、俺のことはいいから。でもそうだな。観覧車に乗るのでもうギリギリだな」


「お昼食べたら観覧車に乗って帰るの?」


蓮美が訊ねる。恭介は頷いた。


「本当は、夜景とかも見せてやりたかったが……」


「そんなことまで望んでいません」 


ネットで調べていたから知っている。今いる遊園地では、秋から冬にかけて夜はライトアップがなされて、綺麗に園内を彩る。クリスマスの時期はナイトパレードもあるらしい。そういうのも見せてやりたかった。


パスタもあまり入らない。半分残すと、やはり蓮美と沙耶に心配された。


店を出て、大きな観覧車に乗る。観覧車はゆっくりと上昇を始める。沙耶は隣で静かに窓の外を見ていた。蓮美と向き合っているが、話すこともあまりない。


恭介も景色を見ることにした。絶叫マシーンとは異なり、ゆったりとした時間が流れていく。上の方まで来ると、遠くには山が見えた。


「天国ってどこにあるんだろうな」


ふとそんなことを呟く。


「どこかしら」

「どこでしょう」


二人同時に声がした。


「高い高い空の上にある。そんな気がしているんだけど違うのかな」


恭介は呟く。


「生きている人間に、それはわからないわね」


「死んだ人間にもわかりません。空まで浮いても天国は見当たりません」


「空まで行けるのか」


「はい、飛行機が飛んでいるくらいの高さまで飛べますよ。でも天国なんかどこにもないんです。私は地獄へ行くんでしょうか……」


絶望した顔で、沙耶は言う。


「いや、君は天国行くでしょ。仏教的に言えば極楽になるけど」


「なんで仏様にスルーされるのでしょう」


「わからないが……」


「天国行くか行かないかって話?」


蓮美が推測したのか、訊ねる。


「沙耶が、地獄に行くかもとか言い出すから」


「大丈夫よ、いい子なのは恭介から聞いているもの」


沙耶は無言だった。観覧車の中は、日が燦燦と当たっている。視界を遮るものがない。


「もう頂上ですよ。窓から見える景色、綺麗ですね」


頂上まで来ると、海も見えた。右を見れば山、左を見れば海。海は日の光を受けて、遠目でも反射しているのがわかる。景色に癒され、少しだけ具合の悪さが引いた。


「沙耶、楽しかったか」


「もちろんです」


「ごめんな、具合悪くして」


「気にしなくていいですって。早めに帰って寝ましょう」


恭介は頷いた。昨日は本社に深沢の具体的な勤務態度と指定のフォーマットがある推薦文をメールで添付して送っておいた。そのうち、深沢には本社から連絡があるだろう。


誰も、なにも言わない。無言の中、観覧車は地上に着き、恭介たちは遊園地を出た。


「明日は仕事なんだし、帰ってよく寝てね。それともあなたの家に行って何か作る?」


「いや、看病してもらうわけにはいかないよ。君も明日は仕事だろ」


「うん……本当に気を付けてね」


蓮美とは駅で別れた。沙耶と帰る。


「帰ったら、ご飯作ります」


「食欲がない。レトルトのお粥があるからそれを食べるよ」


心配そうな目で見つめてくる。


「ちゃんとしたお粥、作りましょうか?」


「いや、いい」


具合が悪いのは、多分沙耶の料理を食べていることも影響しているかもしれない。


直接言うわけにもいかないが、沙耶の料理を食べるのはやめておこうと思った。


一時間かけて家に帰る。すぐに着替えて横になった。もう、起きていられない。


「朝寝坊したのも具合が悪かったせいでしょうか」


沙耶は気遣っているのか、寝室に来る。考えるのも、答えるのもしんどい。


午後五時。


「とりあえず七時まで寝かせて……」


「了解です」


「気を遣って何か作らなくていいからね」


「はい」


沙耶は部屋から出て行った。


部屋を暗くして、眠りにつく。


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