第14話


会計を済ませ、帰ることにした。


午後十時を過ぎている。今日は久しぶりに、よく遊んだ。楽しかった。


風呂からあがり、寝室に入っても余韻に浸っていた。


沙耶は幽霊になってから、風呂に入れないらしい。まず服が脱げないのだという。


そして、雨にも濡れないようだ。つまりシャワーを浴びられない。 


風呂に入りたがっているが、やりたいことがあっても、できないこともある。

スケジュール帳をチェックして、蓮美に電話をかけることにした。


「もしもし?」

「あ。俺、恭介」

「どうしたの」

「いや、次の休みはいつかなと思って。遊園地に行かないか? 沙耶が行きたがっているんだ。でも、はたから見ればひとりだろ? 気が引けて」

「とうとう会えるのね。見えないのだろうけど。そうね、来週は火曜が休み」


火曜が朝岡の休日で水曜が休みだったが、変わってもらおう。


「わかった。じゃあその日の九時に……」


近場の遊園地の名前を言った。


「了解。私にも見えたらいいのに」

「はは、この部屋の契約者以外は無理なようだ。朝岡なら見えると思うけど」

「まだ朝岡君に言っていないの」

「そろそろ言うつもり」

「言うタイミングもあなた次第よね。それじゃ、お休み」

「お休み」


電話を切って、スマホを充電機に差し込む。久々に脂っこいものを食べたせいか、胃がもたれている。水を飲もうとリビングへ行った。


すると沙耶が、ぼんやりした表情でリビングの椅子に座っていた。


「寝ないのか」

「はい。えっと、今日の余韻が忘れられなくて」


なにか嘘くさいな、と思った。


冷蔵庫からペットボトルの水を取り出し、グラスに注ぐ。


「飲むか」

「いらないです。お気遣い、ありがとうございます」


正面に腰を掛けた。


「楽しかったか?」

「本当に楽しかったです。でも私、どうしたら成仏できるんでしょう」

「本当は、なにか隠していることがあるだろ」


肉を食べたいと言って本音をはぐらかした時から、ずっと感じていることだった。


「わかりますか?」


悲しそうな顔をする。


「わかる。君の倍以上は生きているからな。観察眼はあるよ。今言いたくないなら、遊園地に行ったあとでいい。ちゃんと俺に言ってくれ」

「はい」


沙耶は立ち上がる。


「今日はありがとうございました。それではお休みなさい」


クローゼットの中に入っていく。あの中でどうやって寝ているのか、はなはだ疑問だが、広いクローゼットだ。人一人横になるスペースはある。


「お休み」


独り言のように言って水を飲み干すと、恭介も眠ることにした。





「朝岡、申し訳ないんだが、シフト変わってくれないか」


店長の自分がそんなことを言うのも情けない。


だが、恭介は翌日店の奥で朝岡に頼み込んだ。


「なにかあるんですか」

「ああ。来週の火曜、どうしても外せない用事ができた。休み、水曜と変わってくれ」

「いいですよ。あと、ちょっと今日飲みにでも行きませんか。俺も伝えたいことがあるんです。俺、早番ですけど時間潰して、店も予約しておきますから」

「わかった」


沙耶が晩御飯を作ってくれるだろうが、連絡する手段がない。今日は酒を飲むのは辞めよう。メシも少なめにしよう。


それにしても売り上げは土日も平日もそれほど変化はない。前は土日の売り上げは平日より良かったのに、半年間、それがない。


今日は深沢も迫田も休みだ。二人で店を回す。


「昨日は客来たか?」

「あまり来ていませんね。十一月半ばにフェアがありますが、その時も客が来るかどうか」

「もうそんな時期か」


ダイアンでは、春と秋の深まった頃にフェアを行う。


一万以上の靴を買ったお客様に、豊富なノベルティから好きなものを選んでもらうというものだ。一足で一点。二足買えば二点貰える。


ノベルティは、今年はエコバッグに、定番のダイアンマスコットである羊のぬいぐるみ、ダイアンで売られているスニーカーを丁寧に再現したミニチュアの置物、靴ベラ、靴幅を広げるシューズストレッチャー、パスケース、靴磨きのクロスから選べる。羊のぬいぐるみはオークション取引されているほど人気があるし、パスケースも合皮だが人気がある。


というか、どれも人気があってすぐになくなる。そして、秋のフェアが終わったら歳末セールだ。


去年は本当に忙しかった。助っ人がたくさん派遣されて来て、深沢が来て一時間後にはもう休息をとらせるような状態だった。今年はどうなるだろうか。


朝岡は暇そうに、展示されている靴をチェックして回っていた。


恭介も、レジ台を布巾で拭く。


結局、こまごまとした掃除と客の観察をしただけで一日が終わった。


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