第12話
帰れば部屋が明るく、料理を作ってくれる優しい幽霊がいる。
その生活に慣れそうな自分がなんとなく怖いなと思いながら帰路につく。
「お帰りなさい」
沙耶は笑顔で迎え出てきた。
「ただいま」
流石に朝からクローズまでいる日は疲れる。
寝室でスーツを脱いでスエットに着替えた。明日は朝岡にも万引きのことを話そう。
「今日は鍋焼きうどんにしてみました」
部屋から出ると、土鍋に湯気が昇っていた。あまり食欲がなかったし、ちょうどいい。
鍋の中には餅も入っている。そういえば正月の残りを冷蔵庫の中に入れっぱなしだった。沙耶がなにも言わないということは、カビなども生えていなかったのだろう。
「ありがとう」
席につく。
「なにかありましたか? なんだか、いつもにも増して、疲れた顔をしていますが……」
沙耶も正面に座って、箸を持った。
人から見れば、箸が浮いているように見えるのだろうか。そんなことを思いながら、うどんをすする。
「実は店で万引きにあって。盗品は返されたけど、不覚にも動揺してしまった」
「ま、万引きですか。それは許せませんね」
「常習犯らしい。警察が顔を覚えていた」
「そういうのも、私のせいなんですかね。やっぱり私がいると、運気下げるというか、不幸になっちゃうんですかね」
沙耶は悲しそうな顔をした。
「いや、沙耶のせいじゃない。万引き犯が悪いだけだ。万引き犯はどこにでもいる」
「でも売り上げが伸びてないのも……」
それは関係があるかもしれないが、黙っていた。
「うどん、温かくて染みるな」
「幽霊が料理をして生きた人間に食べさせるのもよくないんですかね」
落ち込んだような表情をしている。恭介に降りかかる悪いことは、全てが自分のせいだと思い込んでしまっているようだ。
「いや、帰ってきてご飯ができているのはありがたい。しばらくの間はよろしく頼む」
「作っていいんですか」
「もちろん。材料は俺が買いに行くから必要なものがあればメモしておいて」
「はい!」
笑顔になって、沙耶ももちを食べている。基本、食べたいものを作っているそうだ。
食べなくてもいいけれど、やっぱり食事をしたいらしい。
「ところで君は昼間何をしているんだ。この家にいるだけじゃ暇だろう」
「散歩したり、あゆみさんがいないか探したり、両親の様子を見に行ったりしています」
「あゆみはどこにもいないか」
「はい。絶対成仏していますよ」
明るい声で言う。沙耶の言葉に救われる思いはするが、どうしても自殺者は死後苦しむというという思い込みが消えない。それも恭介が刷り込まれている価値観なのだろうけれど。
「……ご両親はどうしている」
「私が死んだことにまだ立ち直れていないみたいですが、少しずつ受け入れて静かな日常を過ごしています。父は仕事をやめられないですし。母も、仕事に打ち込んでいるようです。夫婦仲は変わらずですね」
「そうか。ご両親も沙耶のことが見えたらいいのにな」
そうしてふと思いついた。
「この部屋に呼べばご両親も君のことが見えるんじゃないか」
沙耶は天井を見上げた。それからゆっくり恭介のほうに視線を戻し首を傾げた。
「どうやら、この部屋の契約者じゃないと、見えないらしいんです。事実、不動産管理者のかたは私のことが見えないらしくて。叔父がここを解約してから五名中五名とも私のことが見えました。でも、この部屋を契約した方が知人をここに招待しても、そのかたは私のことが見えませんでした。ただ一人契約者のご友人の中に霊感のある人がいて、その人は見えていました」
「五名中五名……」
「はい。私も基本的には隠れていましたが、やっぱり目と目が合うこともあって。最終的にはみんな怖がって出て行きました。怖がらなかった人、福田さんだけです」
いや。俺も最初は怖かったんだが。内心でそう突っ込みを入れる。ただ、あゆみと被ったことで、恐怖心が全くなくなったのだ。
「叔父さんは? ここを解約するとき、荷物の整理とかしていたはずだろう」
「叔父がいたときは、私が会いたくありませんでした。私の死を悲しんで、泣いていたんです。それなのに成仏していないってわかったら、余計に困らせるでしょうし。だから解約して出て行くまでは外を彷徨っていましたよ。世界で活躍しているのに、余計な心配をかけたくないと思って。姪が死んだだけでもプレッシャーでしょうから。叔父の演奏に、悪影響を及ぼさなければいいなって」
会ってお別れを言ったほうがよかったのではないだろうかとも思う。だが、そうすると沙耶の言うとおり、成仏できていないことを心配するか、と考え直す。
うどんも冷めてきた。残りをすべて食べ終え、後片付けをする。冷蔵庫の中の食材
は、あまりない。
沙耶の書いたメモを見て、零時まで営業しているスーパーへ買い出しに行った。このまま沙耶に甘えていいのか、と考えながら。
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