第10話

四月九日、午後三時頃、異臭がすると近所から通報があり、アルバイトの天水沙耶さん(二十)が東京都葛飾区の一軒家で死亡しているのを警察が発見。交際相手の男、青天目啓二(二十三)を殺人、死体遺棄容疑で逮捕。警察の調べによると、青天目容疑者は、殴って階段から突き落したら動かなくなり、どうしていいかわからず遺体を放置していたと供述している。



事実のみが記載された、バックグラウンドは何も書かれていない記事。


「苗字、なんて読むのかしら」

「なばため、という」

「よく知っているわね」

「色々なお客がいるからね。珍しい苗字の人も読めるように勉強をしたことがあるんだ」


だが、沙耶を殺した犯人の名前を知ると、妙に生々しく、リアルな感覚が湧いてきた。


今まではどこか現実感がなかったが、家にいる幽霊が本当に殺されたのだと実感が伴うと、これまで以上に憤りが湧く。なんだか沙耶の疑似親になっている気分だ。


ブラックコーヒーも苦い。


「こういうのって許せないのよね、私。暴力振るって階段から突き落す? どういう思考回路をしているんだろう」

「ああ、俺も許せない」

「それで、この、殺された子があなたのマンションにいるのね」

「ああ、叔父からマンションを借りていたらしい。沙耶が死んでからその叔父はマンションの契約を解除したらしいけど……」

「沙耶って、呼び捨て?」


蓮美は訝しむような表情をした。


「娘みたいなものだからな。沙耶さんっていうのも変だし、天水さんっていうのもなんかしっくりこない」

「あ、そ」

「信じるか」

「疑っても仕方ないでしょう。なんだろう、朝岡君の存在のせいで、普通なら信じられないようなことも、平然と受け入れられるようになっちゃった」

「朝岡と親しいのか」

「あの子、早番が終わると菓子折り持って本社に遊びに来ては、飲みましょうといろいろな人に誘っているのよ。あなたと私が出会う、ずっと前から今もね。本社の人たちも仕方がないなぁっていう感じで可愛いがっている。よほど彼女が欲しいみたい。でも、マッチングアプリだと相手からの返事が来ないし、身元がよくわからない子もいるから不安なんですって。一時期はマッチングアプリでマルチ商法の勧誘にあったとか。なかなか女性とのご縁がないみたいね」


蓮美は肩をすくめた。


「あいつ、そんなことしていたのか。どうりで、合コンの段取りもよかったわけだ」

「そうそう。本社の女性からはどちらかというとマスコット扱いされている」

それだけ朝岡も必死なのかもしれない。本社の人間もよく許すな、と思う。

「私も沙耶ちゃんに会ってみようかしら」


意外な言葉だった。


「でも見えないだろ?」

「あなたは見えるのよね。なら、あなたを通して話を聞くのも悪くないかなって」

「俺は構わないが。なんで会いたいと思った」


蓮美は咳払いをした。


「だって、あなたと同居生活しているんでしょ。そりゃ気になるわよ」

「なんだ、嫉妬か?」

「そんなんじゃない……いえ、そうかも」


急にしおらしくなった。


まあ確かに、幽霊であれ二十歳の子と同居しているのは確かだ。いや、沙耶が二十三と言っていたのだから、二十三歳なのか? わからない。


「沙耶がよければ、だな。ちょっと怖いくらいいい子だよ」

「そうなんだ。いい子って、親や教師に好かれるために自分を犠牲にしているのよね」


沙耶も、自分を犠牲にしてきたのだろう。


エリート思考の家庭にも、問題はあったのではないだろうか、と思う。


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