第8話


目が覚める。


リビングのほうからいい香りがしている。沙耶が何か作ってくれているのだろう。起き上がり、カーテンと窓を開けた。今日も秋らしい空気だ。


ここ十数年、秋と春は短くなっている。すぐ冬が来る。束の間の秋を楽しもう。


スーツに着替えてリビングへ行くと、沙耶が目玉焼きとウィンナー、サラダの盛られた皿をひとつだけテーブルの上に置いていた。売り上げが悪いのを沙耶のせいだと思いたくないが、やはり朝岡の言うとおり、影響はあるのだろうか。


「おいしそうだね」

「栄養つけて、仕事へ行ってくださいね。頑張って靴を売りましょう。って多分売り上げ伸びてないですよね」


二十代、三十代は靴を売ることに躍起になっていた。四十代になって、肩の力を抜くようになった。しかし、そんなことより。


「なんでそれを知っている?」

「幽霊って、生きた人間の傍にいると運悪くしちゃうんですよ。福田さんのお気に入りのお弁当屋さんが潰れたのも多分私のせいです」


潰れた弁当屋を思い出す。


「あそこがお気に入りって気づいていたのか」

「はい。福田さんがここを借りて住み始めたとき、隠れてついていって、ひととおりのことは把握してます。黙っていてごめんなさい。どういう人なのかと思って」


沙耶はお辞儀をする。


「まあ悪いことしていないし、つけていたのはいいけど、全然気づかなかったな」

「はい。この三年で隠れるのが得意になっちゃいましたから」


幽霊に跡をつけられていた。店まで来たのなら朝岡が反応してもおかしくないはずなのだが、いないときだったのだろうか。 


「あ。あの、ここ出ちゃうこと考えたりしますか?」


沙耶は恐る恐る、といった風に上目遣いで恭介を見る。


「安心しろ。二年は住んでくれって大家に頼まれている。仮に出ていったとしてついてくる気か?」

「いえ。そうまでして福田さんに頼る気はないです。私の帰るところは今のところ、ここしかないです。ただ、また他の人が来るのもそれはそれで大変かなって」

「成仏させる約束だ。その約束は守るよ。それまではここにいる」


沙耶の顔が明るくなった。


「ならよかったです」

「ああ、今日泊まるから」


テーブルに座り、さらっと言った。


「わかりました。では、しっかり留守番しておきますね」


詳細を聞いてこようとはしない。


「……悪い」

「なんで謝るんですか」

「いや、なんとなくな」

「なんとなくで、謝らないでください」


朝食を平らげ、店へ行く。昨日の売り上げはそこそこよかったようだ。


やはり霊の憑いていない俺がいなかったせいだろうか、と恭介は考える。


そうして、仕事が終わるまで、今日もほとんど客が来なかった。


七、八人だけでは、客が来たとは言えない。


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