第7話
ステーキハウスを出ると、一時間半ほどドライブをして帰ることにした。
肉の香りが衣服についているので、寝室に入って上下のグレーのスエットに着替える。寝室から出ると、沙耶は冷蔵庫を開けていた。
「今日はごちそうさまでした。晩御飯はなにが食べたいですか? 作ります」
「ステーキ食ったばかりでそんなに腹が減っていない。夜は軽く、雑炊みたいなものでも食べるかな。あ、レトルトがあるからそれを食べるよ。湯煎すればいいだけだから。沙耶も食べるか?」
言うと沙耶は冷蔵庫の扉を閉めた。
「私も今日はなにもいらないです。お気遣いありがとうございます」
「幽霊ってお腹すくの」
「すきません。なにも食べなくても平気です。でも食べたいものはありますよ」
幽霊とはいえ、もとは人間。そりゃ食べたいものの一つや二つ、あるよな、と思う。
恭介はテーブル椅子に腰かけた。
「それで次はなにしたい?」
沙耶は一瞬真顔になり、それから笑った。
「カラオケ。カラオケ行きたいです。高校の時よく友達と行っていました」
「わかった。次の休みはカラオケ行こう」
「たくさん歌いたいです」
「じゃあ、フリータイムにしようか」
沙耶は嬉しそうに軽く浮く。
「はい! お願いします」
恭介は早速近所のカラオケ店へ電話をかけた。駅ビルは基本土日祝日が勝負だから、そこで休みを取ることはあまりない。基本平日休みなのでどこでも、すぐに予約が取れる。
そこが利点といえば利点だが、暦通り働くサラリーマンのように二日続けて休みが取れないのが欠点だ。
カラオケは、恭介も一人でたまに行く。ストレス発散になるのだ。そしてよく行くそのカラオケには、広くていい部屋がある。しかも平日料金。その予約もすんなり取れた。
「次の休みは金曜だ。一緒に歌おう」
「はい! ありがとうございます」
沙耶は深くお辞儀する。多分、成仏するためにはもっと重要ななにかがあるはずだ。
好きにさせよう。やりたいことも、食べたいものがあることも、本当だろうから。
夜十一時を過ぎて、沙耶はクローゼットに入ってしまった。空いている一部屋を使っていいと言ってみたが、悪いので、と断られた。2LDKのマンションの一部屋は使っていない。家、買えばよかっただろうか。老後も気になるけれど、終の棲家はちゃんと買っておくべきだろうか。
寝支度をして寝室に入ると、スマホから着信音が鳴り響いた。蓮美からだ。
「もしもし」
「あ、恭介?」
「どうした」
重い間のあと、蓮美が言った。
「なんか最近断られてばかりだなって思って。忙しいの」
「いや、そういうわけでは……」
蓮美の声が聞けて安心するとともに、また言いようのない罪悪感が湧いてくる。
あゆみの顔がどうしてもちらつくのだ。別の女の人と付き合って楽しい? と言われそうで。
「次はいつ休み?」
「金曜だけど用事がある」
「いつなら会える?」
本社も、土日関係ないのだ。
「えっと……」
「それとももう、私と会いたくない?」
蓮美は声を低くして言った。
「いや、会いたいよ」
蓮美のことは好きだ。多分、将来的にも一緒に住むことになるのではないかと、漠然と考えている。なら正直に言おうか。自分が今思っていること、そして沙耶に会ったこと。
はっきり言って誠実に向き合おう。
「話がある。明日、仕事終わったらそっちに泊まるよ」
でも、沙耶を置いて泊まってもいいものだろうか。話を聞いて仲が深まったような気がして、一人で置いておくこともなんだかためらわれる。
親として子を置いていけない、それと似たような感覚だ。
子離れしてなかったのかな。そんなこともふと考える。でも二十歳って、今から思えばまだ断然子供なのだ。自分一人でなんでも解決できる年齢ではない。まあ、留守番くらい任せてもいいだろう。幼い子供でもないのだし。
「わかった。じゃあ、うちで話しましょう。仕事終わったら連絡お願い」
「あ、明日は早番だ。早く帰れると思う」
「わかった」
電話はそこで切れた。恭介はスマホを充電機に差し込み、布団に入って電気を消す。
沙耶に泊まること、話さなきゃな。
そんなことを思いながら眠りに落ちていく。
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