オントロジカル・ハック アキラ襲撃
片山勇紀
オントロジカル・ハック アキラ襲撃
紫色の空は信じられないくらい虚構じみて見えた。
「よし! また一人!」俺はキーボードから手を離してバンザイした。
「すごいじゃないアキヒロ! あなたがガイストのナンバーワンよ」ハマサキが賛美した。
「だから直接通信してくんじゃねえっつうの。枝が付くだろ」彼女は沈黙した。それ以来ハマサキは何も言って来なくなった。
俺たち〈ガイスト〉は政府打倒を目指すハッカー集団だ。俺がいま殺したのは与党の国会対策委員長。これでわれわれが殺した国会議員は二十名を超えた。ちなみにどうやって奴らを殺したかというと、彼らの電脳をハッキングし、ウイルスを送って脳の各部位を中毒状態にして、脳機能を停止させるといった次第だ。俺は個人的にこの手段を〈
もちろんこちらにも危険はある。国会議員ともなればみな強力な攻性防壁を備えている。それを破壊、もしくは躱すことができるのがわれわれガイストなのだ。
「次は与党幹事長を狙う」俺は暗号通信でみなに呼びかけた。少しの間を置いて返信が来た。「幹事長は硬いぞ。俺と二人がかりでどうだ」「乗った。じゃあ明日の0時に集合だ。俺の足を引っ張るなよ」
定刻になった。時間通りに味方は来た。ちなみに俺はーー他の奴もそうだと思うがーーガイストのメンバーのことをほとんど知らない。知っているのは、ちょくちょく話しかけてくるハマサキくらいだ。だがそれでいい。万が一の共倒れは嫌だからな。
「いくぞ。
「アスカ、さくら、灯里、デコイを放出しつつ三方から論理攻撃。デコイには処理負荷最大の迷路を設定」「了解」こいつらは俺が運用しているAIユニットだ。三人も同時に指揮できるのは俺くらいだけどな。「俺のAIも提供しよう。唯」「了解」味方の援護を得た。四方からの論理攻撃によって大型防壁は砕けた。「なんだ呆気なかったな。レベル6、ここが深層だ。これが幹事長か」一見セキュリティは見当たらないが、「念のためまずはバックアップ! 敵性ウイルスにも注意せよ」「了解」AIたちは応えた。
「ウイルス注入」と味方。俺も同様にウイルスを注入した。その時、「敵性ウイルスを確認! デコイがやられました! ただいま逆探中!」アスカが叫んだ。「潜伏型か。性格の悪い奴だ。さくら、ウイルスを中和しつつ逆探、乗っ取られるなよ!」俺も叫ぶ。「敵攻性防壁発見! 三……、四層まで中和……、見えました! コアです!」と灯里。「よくやった。あとは俺の攻性防壁で焼き切る! おい味方! お前は引き続きウイルスを注入しろ!」「分かった!」俺はコアに触れた。「さよなら、幹事長」コアは四散した。するととたんにサイバースペースに亀裂が入り、インターフェイスが崩れ始めた。「よし、ウイルスが効いたな。離脱しよう」俺は言った。「OK」「シャットダウン」
俺はキーボードから手を離した。よし、また一人殺した。案外楽勝だったな。俺一人でもいけたんじゃないか。「図に乗ってはいけませんよ。あんな大型の防壁見たことがありません。深層に敵性ウイルスを仕込んでいたのもわれわれへの警戒です。味方の援護は貴重でした」さくらが話しかけてくる。「はいはいそうですね。俺、じゃなくわれわれの勝利だよ」「結構です」
翌日も号外が飛び、国会中継もうるさくなった。街ではガイスト滅ぶべしと叫ぶデモ隊と、ガイストがんばれと応援するサブカル集団が衝突している。俺たちが国を動かしているんだ、と思うとニヤニヤしてしまう。
「次は官房長官を狙う。ただ、俺一人でいい。残りの奴らは総出で首相を殺せ」と俺は暗号通信でガイストの連中に命じた。しばらくして返信が来た。「こいつは腕がいい。言う通りにしてもいいと思うぞ」ああ、幹事長を殺したときの「味方」君か、と思った。またしばらく間を置いて「了解した」と返信が来た。「任せてもらおう。グッドラック、カウボーイ」
「さて、ここが官房長官ね……」俺は呟いた。「攻性防壁、全層中和しました」「ご苦労、さくら。さて、見せてもらおうか。官房長官のセキュリティとやらを。アスカ、さくら、灯里、抗体デコイ散布。バックアップも忘れるな」「了解」「それとアスカ、お前は斥候だ」「分かりました」
俺はコアを目指す。早速アスカから通信が入った。「ワームがうじゃうじゃいます!」「よし、距離を取りつつ論理攻撃を続けろ。すぐに追いつく。いいか、絶対に近づくなよ」「了解!」
「近づくなと言ったろうに……」そこには多数のワームに侵食されたアスカがいた。「攻撃したら急に群がって来たんですぅ」「仕方ない。アスカとのコネクトを全面カット。後で直してやるからな」はーいという声を最後にアスカのインターフェイスがブラックアウトした。
「よし、では迷路付きのデコイ8機をセット。同時に行動制御ウイルスを展開。攻性防壁全種作動!」「オーライ!」「さあ、全部焼き尽くせ!」ワームは駆逐された。俺はレベル3、4、5、6と侵入していく。レベル6でコアが防壁に覆われているのを確認した。こちらも先ほどのウイルスを注入した上で防壁を展開し、中和を図った。行動制御された防壁は脆く、あっという間に中和された。コアを情報破壊し、オントロジカル・ハックを試みた。官房長官の命が削がれていく。その時メールを受信した。タイトルは……、「ガイスト」プロフィール・リスト!? そこには確かに本名、顔写真、現住所が掲載されている。ただし俺以外の。こんなメールが拡散されているということは、公安にメンバーが消されるということを意味する。なぜ俺だけ……。そうか、この送信者「アキラ」にみなが負けたということか。ガイスト十二人掛かりでも倒せないこの「アキラ」とは何者か。個人なのか、チーム名なのか。またメールが届いた。今度のは宛先が俺だけになっている。内容は、「次はきみの番だよ」だと? そうか、ハマサキとの通信で付いた枝を中継したのか。次は俺がこいつと戦わなくてはならない。首相は厄介な用心棒に守られているようだ。
俺は首相官邸のマップを開いてみた。しかしそこだけ綺麗に黒塗りにされている。ネットニュースでは、ガイストのメンバーが次々と逮捕されている様が流れている。俺は腹を括った。マシンの性能の差が戦力の決定的差異ではないことを教えてやる。俺は修復したアスカも連れて総理大臣の電脳にハッキングした。「
インターフェイスはズタズタだった。それは凄まじい戦いがあったことを物語っている。俺は防壁を展開して進んでいった。
頭の中で声がした。「きみがガイストの最後の一人だね。本名は難波章浩、住所は東京都目黒区洗足……」先を越された、と思った。しかしどうやって俺の何十もの攻性防壁を……。俺同様か、それ以上のハッカーだ、こいつ。「ウイルスチェック、クリアー」アスカが告げる。「アキヒロ君、そう警戒しないで。話そうよ」「じゃあまず俺の頭から出ていけ、アキラ」「いいよ。ぼくたち専用の領域を生成、ぼくの客間へ」
そう言うなり、俺たちは小綺麗な
別の部屋にアキラが現れた。「おかしい。抗体が欠けている。ウイルスに感染したのか? やっぱりきみは最高だ!」アキラもAIを呼び出す。「防壁を再構築。抗体をロード」「ウイルス解析中」「侵入者を迂回路へ誘導」
気付けば俺は首相のコア・ブロックに到達していた。しかしここでこの男を殺してもアキラとのイタチごっこは終わらない。俺はデコイを展開して隣の部屋へ向かう。バチッ! ここにも防壁が! デコイを集中展開して免れた。「敵攻性防壁、中和します」と灯里。
アキラから笑顔が消えていた。生半可な防壁じゃ駄目か。「防壁に潜伏型ウイルスを展開!」「了解……、駄目です。防壁014突破されました!」「防壁032エマージェンシー!」「パスコードを変更してください!」「防壁078突破されました!」あぁ、これだ……。ソフィア……。「敵の現在地と防壁突破パターンが解析できました」「よし、送れ」バチバチッ! アキラは仰け反った。「へへ。AIたちにウイルスを仕込んでおいたのは気付かなかったようだな。これぞ遅効性……、いや違う。名付けて合体型ウイルス」その瞬間、視界が真っ白になった。背中に羽を生やした少女がアキラの手を取り、飛翔した。
気付けばいつものインターフェイスに戻っていた。あれが、神? まあ俺にはどうでもいい。ガイストのみんな、仇は取ったぞ。俺は首相のコア・ブロックに戻り、ガイストの悲願であった首相暗殺を実行した。「シャットダウン」
空は紫色のままだった。政府要人の殆どを失った与党だが、すぐに組閣し、情報技術に対し厳しい罰則を設ける法案を議会に提出した。さて、これからどうしよう。気付けば、左手が何かを握ったままでいる。開いてみると、天使の羽がそこにあった。(了)
※本作品は執筆にあたり、士郎正宗『攻殻機動隊2 MANMACHINE INTERFACE』を大いに参照した。
オントロジカル・ハック アキラ襲撃 片山勇紀 @yuuki_katayama
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