第8話 夏の終わりは
パフェをつつきながら、美子は急に真顔になると、とんでもないことを言い出した。
「え、それって」
隆は一年前のことを思い出した。あの夜を再現しようというのか。
「あのね、私、引っ越すの」
突然の話に隆は一瞬言葉を失った。
「いつ、どこへ」
ようやく口にした言葉がそれだった。
「来週、アメリカに」
突然すぎる、遠すぎる、大阪や神戸なら会いに行けるけれど、アメリカとは想像の範囲を超えていた。
私のパパが大学の先生だって知ってるよね。
もちろん覚えていた。なくなった隆の父親も同じだった。そんなこともあって美子とは気が合っていたのかもしれない。
ただ母子家庭になった隆と、美子の生活レベルは全く違うが、それはどうでもいい。今は美子の話だ。
「それでアメリカの大学からお呼びがかかって、九月の新年度から」
そういえば日本と違って、アメリカは九月から学年が始まると聞いた覚えがある。
「抵抗したんだけど、私だけこっちってわけにはいかなくて」
美子は今にも泣き出しそうな顔だ。自分はどんな顔をしているのだろう、と隆は思った。
「だから、今夜は」
「コンドーム持ってる?」
隆はバッグの中からそれを取り出した。いつか美子と使おうと思って持っていたものだ。
「使わないで、大丈夫だから、隆君を体に刻みたい」
美子は隆の目で全裸で立っている、隆にすべてを覚えていてほしいと願ったのだ。
「隆君のも見せて」
隆は美子をしっかりと抱きしめた。そのままベッドに押し倒していく。
本当はほんの数分だったろうが、無限の時間が過ぎたような気がした。
「隆君、私を忘れないでね」
美子は隆の腕の中で泣いた。
二人は抱き合い続け、隆が眠ったのは、もうすぐ日が昇るか、というころだった。
「ごはんつくったよ」
いつの間に起きたのだろう、美子は裸にエプロンという素敵な姿で、隆を起こした。
その姿が可愛くて、隆は美子をもう一度ベッドに引きずりこんだ。
「ごはんさめちゃうよ」
二人がもこもこと起きだしたのは、ややしばらくの時間がたってからのことだ。
「ほら、せっかくの目玉焼き冷めちゃった」
「美子が作ってくれたの何でもおいしいよ」
「なんか新婚さんみたいだね」
隆がそういうと美子はまた泣き出した。
「ね、食べたらもう一度抱いて」
美子は、もう学校には来ないらしい、見送りにも来ないでと言われた。
「隆君、ありがとう、愛してる」
「俺も」
玄関で最後のキスをして別れた。
自転車を走らせながら隆は泣いた。
本当に好きだってんだと改めて思った。十四歳の夏、初恋が終わった朝だった。
昭和四十七年 夏休み ひぐらし なく @higurashinaku
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