第3話 デート

 日曜日、朝の九時、阪急電車の東向日町駅。隆は三十分も前についていた。自分で思っていた以上にうきうきしている。

 隆の家からならば、動物園のある岡崎には市バスの方が早い。でも美子の家は、ここから五分ぐらいのところだ。帰りのことも考えると、駅で待ち合わせの方が、いいに決まっている。

 やることもなく、隆は伝言板を眺めた。

『待ってたけれど、来ないから先に行く』

 圧倒的に多い書き込みだ。可哀そうだなと思ったけれど、自分もそうならないとは限らなかった。

 すっぽかされる要素はないはずだけど、彼女が現れるまではやっぱり不安だった。

「ごめーん、待たせた」

 十分前に現れた美子は、紺色のミニスカートと白の提灯袖のブラウス、幅広のベルトと白のソックス、いつもの制服姿とは印象が違う、やっぱり可愛い。

「隆君ジーパン履くんだ、似合ってる」

 そうかなあと思う、隆にすればいつもの姿だけれど、褒められるとちょっとばかり嬉しい。

 電車の中で、美子はずっとおしゃべりをしていた。小学校の話、フルートのこと、好きな食べ物、漫画や本の話、よく次から次に話題が出ると思う。

 それにつられて、隆もまた今まで人に話したことのない家族のことや、小学校時代のいじめにあった話などをしてしまった。

「そうなんだ、今の隆くんをいじめる人なんて考えつかないけど」

 たしかに中学にも不良はいるが、なぜか今のところ、隆はいじめられたことも嫌がらせを受けたこともなかった。

「もしいじめられたら私に言って、助けてあげる」

 二人は顔を見合わせて笑った。周りの乗客に怪訝な顔をされたことは、言うまでもない。

 電車に乗るときは、いつも座らずにドアの横に立つ隆だが、今日は美子に合わせて、座っている。

たまたま車両のど真ん中がすいていた。そこに座ってしまったので周りから注目されているようで少々照れくさい。

大宮駅の手前で阪急は地下に潜る、急に騒音が大きくなることもあって、顔を近づけないと話が聞こえない。美子の顔が近づき、ちょっとドキッとした。地下を走る車両独特の臭いの中に美子の甘い髪の香りがした。

四条河原町で降りて、ぶらぶらと動物園まで歩く、動物園の周りは国立近代美術館、市立美術館、府立図書館がある静かな雰囲気のところだ。

「隆君この辺り詳しいの?」

 悩まずにすたすた歩く隆に、美子はちょっとばかり驚いたみたいだ。

「うん、小学校に入るまでこの近くに住んでたんだ」

 R大学の教員をしていた父親が亡くなるまでは、この街にいた。母親は生命保険会社に勤め始めた。生活を切り詰める必要があって、南区の安いボロアパートに引っ越したのだ。

隆には、年の離れた姉がいる。家庭教師のアルバイトとあちこちの奨学金で国立大学に通っている、今日はいているジーパンはその姉が買ってくれたものだった。

「そうなんだ、お父さんのこと思い出させちゃった、ごめんね」

 美子がしょげた顔をした。ここに来なかった方がよかったかなあ、とつぶやいた。

「そんなことないよ、俺この辺り好きだし。

俺こそごめんね、話さなきゃよかったかもね」

「ううん、聞かせてくれてうれしかった。隆君そんな話、学校じゃまったくしないから」

「中沢は特別だから」

 美子の顔が、ぱっと輝いた。特別といったのがよほどうれしかったのかもしれない。

 動物園は意外なほど楽しかった、というより美子と一緒が楽しかったのだろう。

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