第8話 理想郷レプリカの夜明け
「ま、待って、どういうこと? クロが始祖コピーたちを殺したって……。わたしが検査している間に何があったの?」
「実は──」
それからクロが話してくれた内容は、わたしの思いも寄らないものだった。
◇◇◇
「そう……始祖コピーたちがわたしを破棄しようとしていたのね」
「はい、僕はどうしてもアクア様をお助けしたくて──」
「それでクロが始祖コピーたちにウイルス攻撃を仕掛けて心臓の機能を停止させたということね」
クロが神妙な面持ちでうなずく。
「アクア様の検査結果を拝見して、他の始祖コピーとの違う点があることに気づいたのです」
「それは、IQの数値だけではなくて?」
「はい、始祖コピーたちは検査結果を廃棄ありきで見ていましたから、気づかなかったのでしょう。もうひとつ、アクア様にはコピーたちと大きく違う数値がありました。僕はそれを詳しく調べてみることにしたのです」
クロも「iks」の名は与えられなかったとはいえ、始祖のコピーのひとり。
データ解析能力の高さで廃棄を免れ、「雑用係」の役割を与えられたほどなので、その程度のデータ精査はきっと朝飯前だったのだろう。
「……その結果、始祖コピーたちの心臓のネットワークにはある深刻な脆弱性があり、アクア様にはその脆弱性に対する防御が備わっていることが分かりました」
「わたしにだけ防御が?」
「というより、完璧な始祖コピーにだけ共通して見られる脆弱性で、アクア様やエラー種とされた者には存在しないようでした」
「なるほどね」
完璧なコピーは、始祖であるイクスの遺伝子だけでなく、最初の始祖コピーにあった脆弱性までそっくり受け継ぎ続けていたらしい。
クロが近くに倒れている始祖コピーを見下ろした。
「僕はそれを利用することにしました。完璧な始祖コピーにだけ存在する脆弱性を突いてウイルスに感染させたのです」
そこまで言われたら、わたしにも事の経緯が想像できた。
「つまり、クロはわたしにそのウイルスを仕込み、ネットワークを通じて他の始祖コピーたちに感染させたのね」
「はい、おっしゃるとおりです。アクア様のお身体を使ってしまい申し訳ありませんが、害が無いのは確実でしたので……」
クロが申し訳なさそうに頭を下げる。
「でも、そんなウイルスなんてどこで……。あ、もしかしてクロが作ったの?」
「はい、僕が作りました。心臓部の機械に作用して鼓動の停止を実行するウイルスで……」
「それで始祖コピーたちの心臓が止まって床に倒れ、わたしだけ無事に目覚めるという事態になったわけね」
たしかにそうなると、「自分が始祖コピーを殺した」というクロの発言に間違いはない。
クロはわたしを見つめて、寂しそうに微笑んだ。
「──以上が、僕の犯した罪の告白です。僕にとってはアクア様をお助けすることが一番大切ですから、後悔は何一つありません。ですが、レプリカの管理者を全滅させるなど、世界を壊したも同然。許されざる大罪です。僕も命をもって償うつもり……」
「じゃあ、わたしも一緒に死ぬわ」
クロの言葉に被せるように、わたしが明るく宣言すると、クロは綺麗な銀色の瞳を過去最高に見開いた。
「な、何をおっしゃるのです!? なぜアクア様が僕と一緒に死ぬなんて──」
「だって、実行犯はクロかもしれないけど、わたしだって共犯者みたいなものじゃない? それなら、わたしも一緒に罪を償うべきだと思って。ね、わたしも一緒に死なせて?」
クロの手を握っておねだりすると、クロは泣きそうな顔でぶんぶんと首を横に振った。
「いけません。絶対にだめです。アクア様はただ僕に利用されただけです。貴女が責任を取る必要なんてありません。死ぬなんて言わないでください……!」
クロが縋るようにわたしの手を両手で握る。
そんなクロがとても愛おしく思えて、わたしはクロの柔らかな黒髪をそっと撫でた。
「クロがそんなに言うなら考え直そうかな」
「本当ですか……?」
「うん。でも、やったことの落とし前はつけないといけないから……」
「ですから、それは僕がひとりで」
「ううん。お世話係の不始末は、主人のわたしの責任でもある。でも、クロが死ぬのはだめって言うから……別の方法で、一緒に罪を償わない?」
「別の方法、ですか……?」
クロがきょとんとした顔で首を傾げる。
「そう。たとえば、壊しちゃった世界を新しく作り直すとか、ね?」
ちょっと気取ってウインクして見せると、クロの真ん丸の目が、みるみる潤みだした。
「今までの管理者たちを反面教師にして、今度は誰もがもっと自由に生きられる世界を作ろう? わたしだって始祖コピーたちに劣っているつもりはないし、ユニーク種の人たちだっているわ。クロはもちろん、バレルにブロウにシュイロに、みんな才能豊かだもの。わたしたちならできるわ。ね、クロもそう思うでしょ?」
わたしより頭ひとつぶん背の高いクロをぎゅっと抱きしめると、クロの温かい涙が頬に落ちてきた。
「……はい、きっとできます。僕も、もっと自由で、誰もが特別でいられる世界を作りたいです」
「うん。一緒に作ろう」
抱き合うわたしたちを、窓から白い光が照らす。
眩しくて清らかなそれは、この理想郷レプリカの夜明けを告げる光だった。
理想郷レプリカの夜明け 紫陽花 @ajisai_ajisai
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