第7話 異常事態

 カプセルの中で眠ったままのアクア様を見つめながら、僕は自分の愚かさを呪った。


 僕がアクア様にお名前なんて付けなければ。


 僕がアクア様をエラー種のコロニーになんて連れて行かなければ。


 僕が、アクア様ともっと仲良くなりたいだなんて思わなければ。


 全部全部、僕のせいだ。


 僕の立場を弁えない浅はかな行動のせいで、アクア様は廃棄されてしまう。


 ああ、僕はどうしてアクア様を検査室に連れてきてしまったのだろう。


 始祖コピーどもの命令なんて聞かずに、逃げてしまえばよかったのに。


 でも、どこへ?


 レプリカは、どこもかしこも、誰も彼もが管理者に監視されて、逃げ場所なんてひとつもないのに。


 今なら、アクア様がおっしゃっていたことがよく分かる。

 


『この国のシステム、なんかおかしくない?』



 この国はおかしい。

 こんな息苦しい世界、生きてる意味なんてない。

 こんな世界を大事にしている管理者なんて、必要ない。



 そう気がついた瞬間、僕の脳裏にあることが閃いた。


 アクア様の検査結果を見ていたときに気になった、ある項目。


 それをもっとよく調べてみよう。

 もしかしたら、アクア様を救う手立てになるかもしれない。


 僕は、操作盤のキーボードに手を触れた。



◇◇◇



 プシューッと音を立ててカプセルのドアが開いた。


 よろけながら外に出た私を、クロが泣きそうな顔で支えてくれる。


「もう全部終わった? 何も問題なかった?」


 初めての身体検査を無事に終えられたかどうかクロに尋ねると、クロは穏やかな笑顔を浮かべて、こくりとうなずいた。


「はい、すべて問題なく終了できました」


 クロがそういうなら安心だ。

 私もやっと心からの笑顔を浮かべることができた。


「そういえば、始祖コピーの人たちは? 先に帰っちゃったの?」


 検査を始めるときは無駄に三人もいたのに、今はひとりもいない。


 検査はクロに任せて、自分たちはさっさと最上階に戻ってしまったのだろうか。


「なんでもクロに任せてばっかりで嫌になるわね。でも、とりあえず検査も終わったことだし報告に行きましょう」


 面倒くさいとは思いつつ、行かないとまた叱られそうだと思ってクロを誘う。

 けれど、クロは珍しく気が乗らなさそうに小さな溜息をついた。


「報告……は不要というか、行っても仕方ないと思いますが……でもまあ、行きましょうか」

「えっ、ええ……」


 いつも職務に真面目なクロらしからぬ態度に少しびっくりしてしまう。


 やっぱり私の世話を任されるのが面倒になってしまったのだろうか。


 でも、まだ足下のおぼつかない私を気遣って抱きかかえてくれたから、私のことが嫌になったのではないはずだ。……たぶん。


 エレベーターで最上階へと上ったわたしたちは、10番台の始祖コピーたちがいる部屋へと向かった。


 廊下の奥にある窓から見える空は、うっすら白み始めている。

 そういえば、時計を確認していなかったが、今は深夜と早朝の間くらいの時間らしい。


 とはいえ、始祖コピーは一日中眠ることはないので、いつ訪ねていっても問題はない。


「お部屋に着きました、アクア様」

「ありがとう、降ろしてもらっていい?」


 さすがに入室前に抱っこはやめて、きちんと自分の足で立つ。


 急ぎではない報告のときはノック2回だったかしら、なんて思っていると、なんとクロがノックもせずにいきなりドアを開けた。


「ちょっ、クロ!? ノックしなきゃダメでしょ!?」


 またも真面目なクロらしからぬ振る舞いに驚いて彼の腕を引っ張ると、クロは困ったような表情で「大丈夫ですから」と言い、部屋の中を指差した。


 クロの指差したほうを見て、わたしは先ほどのクロの行動よりももっと衝撃的な光景に大きく目を見開く。


「な、に、これ……?」


 そこには、10人の始祖コピーたちが、まるで事切れたように床に倒れていた。


 何か苦しいことでもあったのか、みな同じように顔を歪めている。


「ど、どうしよう、早く助けないと……! 何があったのかしら……有毒ガスでも吸っちゃった……?」


 突然の異常事態に狼狽えていると、クロが今度は申し訳なさそうな顔をして、わたしに向かって頭を下げた。


「アクア様、僕がやりました」


「クロがやった……? 何を?」


 言われている意味が分からず聞き返すと、クロはわたしとそっくりな銀色の目を揺らして、もう一度懺悔した。


「僕が、始祖コピーたちを殺しました」

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