第12話 1人は2人

 執務室に行くと肩ぐらいの長さのツインテールに縛った金髪にサファイアのような綺麗な青い瞳。口からはチラッと小さく鋭い牙が見え、黒を基調としたフリルやリボンが付いたワンピースを着た少女が立っていた。彼女の名前はソフィア。吸血鬼でロリと呼ばれる見た目の子だ。


「今日の任務はターゲットの抹消と忘却だ。」


 鋭いリアムの命令がエラルドとソフィアに飛ぶ。


「分かりました。」


 はっきりとした口調で返事をすると、ソフィアは口元を抱えていたベアちゃんで隠して小さく頷いた。執務室を出ると青い瞳がじっとエラルドを見つめてくる。


「どうしたの?」


 と聞いてもソフィアは答えず、自分の部屋へと戻っていってしまった。エラルドも自室に戻り準備をする。いつも着ているスーツを眺める。防火、防弾性の丈夫な高級スーツ。収納もしやすく優れ物だ。だけどそれだけじゃ足りない事がある。その為セラスのローブは魅力的だった。収納量が増え、二重に防御ができる。動きにくさが少し付き纏うがありだと思う。


「今度見に行こうかな…」


 悩んでいるとコンコンコンとノック音が聞こえた。


「はい。」


 出るがそこには誰も居なかった。悪戯かと思っていると服を引っ張られる感覚がして、下を見るとソフィアが立っていた。


「ごめん、見えてなくて。あと準備遅かったね。今終わった所だから行こうか?」


 柔らかな口調で言うと「うん」と小さく言うと、スタスタと歩いて行ってしまった。早歩きをするとすぐに距離は短くなった。




「あれがターゲットか。」


 少し離れた路地裏に1人立っている男を双眼鏡で観察している。男は誰かと待ち合わせをようだ。待ち合わせの場所で殺せば、待ち合わせの相手にバレてしまう。


「どうやってこっちに連れてこようかね。」


 独り言を呟きながら、じっとターゲットを観察していると


「私が連れてくる…」


 と聞こえるか聞こえないかぐらいの声の大きさでソフィアが言ってきた。どうするのかと思えば、エラルドを置いて1人で男に近づき背後に回った。その時にはベアちゃんは持っていなく、何処に居るのかと思えば男の目の前で両手を挙げて、可愛らしく動いていた。ターゲットも気づいたらしく、「何だ?」と言いながらベアちゃんを掴んだその瞬間ソフィアの吸血鬼特有の長い歯が男の首筋に突き立てられた。ガブっと噛むと一瞬抵抗をしようと男は動くがすぐに事切れ、膝から崩れ落ち地面に顔を擦り付けて倒れた。


「出来た。」


 ドヤ顔をして言ってくるソフィアに唖然としながら。


「凄いね!」


 と褒めて頭を撫でてあげた。ソフィアはにっこり微笑むとベアちゃんを回収して頭を撫でた。撫でるのを止めると男の方を指を指し、上の方を指すとゾンビのようにゆっくりと男が立ち上がった。男は虚空を見つめ、瞳は闇を映していた。屍と化した男をそのままさっきいた方に連れて行くと雑に地面に置いた。


「食人草。」


 手から生えたハエトリソウの数倍大きい植物が大きな口を開けて男を喰った。そして器用に服だけを地面に吐き出す。粘液でベタベタになった服に火をつけると、勢いよく燃えていった。


「あとは待ち合わせていた人の記憶を消しに行こうか。」


「エラルド出来るの?」


「出来るけど…」


「そうなの。普段はティアモがやっているから。」


「そうなんだ。」


 まだ自分ができるとは知らないはずだ。そうなるとこの後ティアモが来る可能性がある。この2人が出来ないのに忘却を頼むはずがない。少し待つか。


 燃え尽きて灰になった服を見ながら待っていると。


「鳥籠。」


 と誰かの声が聞こえた。離れようとした瞬間、白い蜘蛛の巣の様なものが2人を取り囲んだ。聞こえた鳥籠という言葉、その通りに鳥籠のような形になっていた。逃げ出せる方法を探していると、ギリシア神話に登場するアラクネのような上半身は女性、下半身は蜘蛛の女が鳥籠の壁を隔てて立っていた。


「珍しいところでお会いしましたね。エリミネイトのお嬢さん。」


 女はエラルドの奥にいるソフィアだけを赤い瞳で見つめていた。まるでエラルドには興味がないかのように。


「貴女、誰?」


 いつも穏やかな目をしているソフィアだがこの時だけは女を睨んでいた。


「私はアレニエです。」


 深々とお辞儀をして穏やかな笑みを浮かべると、ゆっくりとこちらに近づいてきた。警戒していると鳥籠の一部である蜘蛛の糸を8本ある足を器用に動かして切り裂いた。


「そこのお兄さんはいらないから帰って下さらないかしら?」


 蜘蛛の足を動かし外を指した。罠かと警戒する体勢を取ると、女は目を細め鋭い目付きでエラルドを睨んだ。


「私は貴方に興味はない。興味があるのはソフィアだけよ。とっとと出ていって。」


 強い口調で怒り気味に言い放った。本気でソフィアだけが目的なのだと理解したが、仲間を売るようなことはしたくなくて悩んでいると、ソフィアに弱く押された。


「心配しないで、私は大丈夫だから。彼女と2人きりにして欲しい。」


 そう言われても納得出来なかったが、信じて欲しいと言われてしまえば、信じるしかないだろう。警戒しながら出ていくがアレニエは何もせず、入れ替わる様に中に入り、切り裂いたところを修復して退路を絶った。


「あぁ、本当に可愛いらしい♡」


 うっとりとした表情でソフィアを見つめ、語尾にハートがついた様に言った。ソフィアも流石に引いたのか、一歩後ろに下がり、ベアちゃんを強く抱きしめた。


「ソフィア、貴女を私の物にしたいの。だからね、エリミネイトではなく、私のところに来ないかしら?」


 両手の指先を合わせ、首を傾げて嬉しそうに提案してきた。ソフィアは黙ったままアレニエを見つめ、アレニエは今からと待ち遠しそうにしている。


「ごめんなさい。」


 小さな口から発せられた言葉は、拒否の言葉だった。その言葉を聞いたアレニエの表情は固まり、目を大きく見開き、動かなくなった。


「何故なのです…何故なのです!」


「それは答えられない。」


 声を荒げて言うアレニエにソフィアは申し訳なさそうに目を伏せた。その姿にうっと呻き声を漏らし、怒りと罪悪感の混じった表情でソフィアを見るが、決意を決めたのかキリッとした瞳でソフィアを見つめ、大きな声で宣言した。


「私の物にならないのなら、力尽くでも私の物にします!」


「分かった。でも私が勝ったら、私のお願い聞いて欲しい…」


「い、良いでしょう!」


 アレニエはソフィアの可愛らしさに一瞬動揺して言葉が詰まったのを見て、本当にこいつ勝てるのかと蚊帳の外のエラルドは思いながら、2人の戦いを眺めていた。結論を言うとアレニエは想像以上に強かった。理由の一つとしてソフィアの逃げ場が少なかったからだ。前後左右は蜘蛛の巣で囲まれ、上も閉じているため逃げるのは出来ない。しかもその壁を自由自在に動き回り、地形的にアレニエは有利だった。


「ベアちゃん避けて!」


 クマの人形“ベアちゃん”を操る能力のソフィアは避けつつ、指示をするがスピードに追いつけずベアちゃんが無惨に切られていった。ボロボロのベアちゃんふらふらと覚束無い足取りでソフィアの元に戻ってきたら。


「うっ…グスッ…ベアちゃん…グスッ…」


 ベアちゃんを抱きしめながらソフィアは涙を流して泣き始めた。アレニエはオドオドしながら、ソフィアを見つめていた。エラルドも何も出来ない状況に悔しそうに歯噛みしながら眺めていた。


「ふふふ、あぁ、可哀想なソフィア。私が変わってあげる。」


 謎の独り言を呟くソフィアはソフィアであってソフィアではなかった。雰囲気や威圧感がまるで別人の様に変化した。それだけではなく、ゆっくり顔を上げたソフィアの眼の色は透き通った青から鮮やかな赤へと変化していた。


「あぁ、貴女がソフィアを傷つけたのね。」


 ソフィアの物静かな幼い感じは消え、大人びた表情に尊大な態度でアレニエに言った。アレニエは驚きの余り固まってしまった。だけどソフィアは気にせず、攻撃を開始した。


「ベアちゃん、狂い踊りなさい。狂喜狂乱。」


 ボロボロのベアちゃんの瞳は赤く染まり、ゾンビの様にふらふらと動いた。先程と変わらないベアちゃんにアレニエは余裕だと思ったのか、無視してソフィアに攻撃をしようと天井を伝い、行こうと背を向けた瞬間、強い衝撃がアレニエの背に走った。


「ゴホッ…」


 赤い鮮血を口から吐き、地面に落ちた。見ると後ろに居たのは血に染まったベアちゃんだった。可愛らしい雰囲気は消え、大きな赤い口を開いた恐怖の人形になっていた。アレニエはヒュッと喉を鳴らす音を合図にベアちゃんの連撃が始まった。


 ジャブ、ストレート、フック、アッパー、ボディー、捲る捲るベアちゃんの拳が体に突き刺さる。殴られ空中に浮き、地面に落ちそうになれば、もう一度殴られ空中に浮く。それの繰り返しが続き、アレニエの面影が無くなった頃、漸く攻撃の手が止まった。


「ベアちゃんありがとう。私の時間も終わりね。おやすみなさい。」


 そう呟くと事切れた様にソフィアは倒れた。


 その後ティアモさんが来て、ソフィアを助けてアレニエを捕まえた。エラルドが2人を運んでいる間に任務であった忘却も終わらせて下さった。ソフィアが目覚めるとミイラみたいに包帯グルグル巻き状態のアレニエに


「私の友達になって欲しい…」


 と勝った条件の願いを伝えると、アレニエの啜り泣く声が聞こえた。


 その後怪我が治ったアレニアがずっとソフィアにくっ付いている様子が見られた。

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