第10話 消去

「その女に何をしたんだ?」


「一時的に逃げない様にしただけですよ。」


「そうか、なら良い。」


 セラスは白いローブを翻すと奥の部屋へと進み始めた。エラルドはリーユを後ろに着かせて、セラスの後を追った。少し遅く入ってきたエラルドは目をパチクリとさせた。理由は全ての人、物が凍りつき白銀と水色の世界が出来上がっていた。エラルドがセラスに合流するまで30秒ぐらいしか無かった筈なのに、まるで一瞬でこの景色を作ったのかと思われるほど早かった。


「検体と研究員は俺が殺しておくから、此処にある資料は全て集めろ。持ち帰るつもりだ。」


「分かりました。」


 返事をすると冷たくなった研究資料を集めていく。リーユにも同じ事をする様に指示をした。エラルドとリーユの部屋には紙の擦れる音だけが響き、さっきいた部屋からはパリンと何かが砕けた音が響いた。


「よし、これで全部かな。」


 一つに集めた資料を見つめて言った。隣の部屋からはもう何も音はしなくなった。セラスの所へ行くとガラスの破片の様な物が山のように積もっていた。だけど破片はただ透明ではなく、赤が混じった色をしていた。辺りを見渡せばホルマリン漬けされていた人は全て消えていた。


「これは何ですか?」


「あぁそれは……実験体の奴らだ。」


 少し間を空けて破片の正体を言ったセラスの瞳は微かだが揺れた気がした。それだけではなく、握っている手には力が入り、爪が食い込んでいた。


 あぁこの人は本当は殺したくないんだ。


 今まで自分に見せてきた姿と全く違う姿に戸惑いの色を隠せなかった。一匹狼の様な人だと思っていたら、ちゃんと人としての心が残っていて、まだこの人はこの世界に染まりきっていない。多くの人はこの世界に慣れると人殺しに慣れ、命の価値観が希薄になる。でも、セラスの中ではそうではない。それは良い面でもあり、この世界にいる人としては悪い面でもある。だけどこれに関しては他人が介入して良いものではない。彼が自分で道を切り開いていくのだから。


「この後どうするのですか?」


「もう少しすると掃除屋とフロルが来る。」


「フロルさんですか…」


 初日の嫌な記憶が思い浮かぶ。会いたくないなと思った。


「折角なら見ておけ。」


「えっ!?」


「それじゃあ俺はもう帰る。」


 エラルドが上げた声を無視して先に階段を上り、何処かへ行ってしまった。でも此処で帰るのもなと腕を組み悩んでいると。


「君が新人?」


 真っ黒なパーカーを着た紫髪の男が背後から声をかけてきた。目元はパーカーの影で隠れているが、怪しく光る紫の瞳がじっとエラルドを見つめる。


「えっと、そうですが。もしかして、セラスさんが言っていた掃除屋ですか?」


「あぁ、そうだ!俺はギルフ=ヴェルノ。是非見なよ俺の能力。」


 自信ありげにニヤッと笑いながら言う彼の能力が気になり、エラルドは小さく頷いた。


「見てろよ!毒蛇気!」


 口から吐き出された紫色の空気は部屋に広がり、全ての物を侵蝕し溶かしていった。金属を溶かしこの世から消し去るその毒性の強さ、そして床や壁は一切溶かさない操作技術。


「凄い…」


「だろ!」


 薄くなった紫煙を吐きながら、嬉しそうに大きな声で言った。なんともその子供らしさが可愛らしくクスッと笑ってしまった。その笑いも聞き逃さなかったようで、少し頬を紅潮させ「笑うんじゃねー!」と叫んだ。この人がこのエリミネイトの忘却を担っている凄い人なのだとも同時に思いながらじっくり観察した。


 種族は不明。能力は毒。身長は自分より少し高い173cmってとこだろう。細身であまり戦闘が得意そうではないが、柔軟そうだから接近戦は得意そう。


「それじゃあ俺仕事終わったんで帰りますね。」


 観察しているとギルフはあっという間に証拠を全て消し去った。エラルドはフロルに会いたくないから、帰ろうとするギルフに合わせて帰ろうかなと思った矢先、階段の方からフロルが来た。つい気になってしまい、逃げなかったのが失敗だと後悔しながら「こんにちは」とだけ挨拶をした。


「あ〜エラルドさんだぁ!」


 嬉しそうな笑みを零し、エラルドのすぐ近くまで近づいてきた。顔に出さないようにポーカーフェイスをして、偽りの笑みを顔に貼り付けた。


「此処からは僕の仕事だからね。ギルフさんは帰っていいよ。」


「じゃあ一足先に帰らせていただきますね。」


 元気よく帰るギルフの背を眺めながら、静かに着いて行こうとしたが、フロルに無言で肩を掴まれて行くことが出来なかった。


「エラルドさん、僕じゃ全部見切れない可能性があるのでちゃんと見ていてくださいね。」


「はい…」


「記憶鏡。」


 フロルが手のひらを部屋に向けて唱えると、空中に10枚ぐらい鏡が出現した。それぞれの鏡には此処で行われていた記憶が映されていた。研究員が苦しむ検体を見つめ、死ねばホルマリン漬けにして保存をする。その工程を何十回も繰り返す映像が流れ続けた。


「どうですか、僕の能力は?記憶に関する能力。その為基本は裏方で動いています。」


「それじゃあ彼女の記憶も…」


 呟きながらリーユに視線を向けた。彼女はまだ虚空を見つめて呆然と立っていた。


「セラスさんが言っていた人ですね。多分大丈夫ですよ。」


「えぇ、そうですね…」


 何処か濁した様な言い方をエラルドはしたが、フロルは気にせず映像を見た。1時間ぐらい経ち、やっと全ての映像が見れた様だ。どの映像も同じ様な事をしていた。昔行われていた実験。


 PJプロジェクト『異質同体戦闘員』


 数年前何処かの研究所で行われている事が発覚し、禁止された禁忌の実験。詳細は一切公開されていないが、研究所同士情報共有もあった可能性がある。


「まさか、此処でもねぇ。」


 エラルドは階段を上りながら、さっきの映像のことを思い出し呟いた。そして薄ピンクの唇を舌で舐めると薄笑いを浮かべた。

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