第7話 狂気の無法都市

「う〜頭が痛い…」


 エラルドは頭を抑え、苦悶の表情を浮かべていた。その原因は昨夜の紅との酒勝負をしたからだった。楽しく任務についてや、仲間について、そして一番聞きたかったシゥーのボスの暗殺に使った技について、それらを酒をちびちび飲みながら聞いていたが、途中で何故かどちらが多く酒が飲めるのかという勝負をすることになった。酔っ払っていたせいか、それにエラルドは乗ってしまった。結果はこの通りに二日酔いで酷い頭痛に襲われている。


 それでも色んなことが知れた。最初は能力のことだけ聞ければ良いと思っていたが、仲間などについて詳しく知れたのは良かった。此処に来てまだ3日目だからなるべく早くみんなのことを知っておきたかった。


 それで本題の技については、紅さんらしい能力だった。あの花びらには色んな能力があり、視界を悪くする能力や触れたものを腐敗させる能力、そして今回使ったのが酔いの能力だ。ただ酔わせるだけではなく、微量だが幻覚作用のあるものだ。鬼人や狐人のように酒に強い種族には効果が薄いが、人間相手には効果抜群だ。幻覚も調整することが出来るらしく、その時によって効果が違うらしい。


 酔いを覚ますために水を取りに行こうと、覚束無い足取りで歩いていると、曲がり角で誰かにぶつかり尻餅をついて倒れた。


「いったぁ…」


 二日酔いで痛い頭に衝撃が加わりより強い痛みが走った。しかも頭はぐわんぐわんする。


「なんだお前か。」


 上から降ってきた冷たい声に誰なのかと顔を上げる。シルバーの髪にリアムさんとは違う冷たく鋭い目付き。瞳は水色や青色、青緑色と一色ではなく同系色の色が混じったような、何とも言えない不思議で魅力的な瞳。


「セラスさん…」


 セラスは昨日リアムさんに名前だけ教えて貰っただけで実際は話したことは無い自分と同じ男性のメンバーだ。寒色の瞳の冷ややかな視線と鋭い目つきも相まって氷山の様な威圧感を持ち合わせている。じっとセラスを見つめていると、腕をエラルドの方に伸ばしてきた。立ち上がるのを手伝ってくれるのかと思い、その手を掴もうと腕を伸ばすがセラスの手はエラルドの手を無視して、腕を掴み強引に引っ張った。


「丁度いいお前一緒に来い。」


 そう一言だけ言い、そのままエラルドの腕を引っ張って執務室に連れて行った。


「セラス=ネーヴェです。」


 執務室の扉をノックして言う姿に、普段のあの偉そうな態度はなく、エラルドは少し驚いた表情でセラスの横顔を眺めた。執務室の扉を開けると同時に掴まれていた手から解放された。エラルドは何故連れてこられたのか分かっていなかったが、取り敢えずセラスの右後ろで待機していた。


「今回の任務にエラルド=フォリアを指名します。」


 セラスはリアムの顔を見るとすぐに言葉を言い放った。リアムは一瞬目を見開き、そして細めた。鋭い眼光はセラスを突き刺すが、セラスは微動だにせずリアムを見続けた。


「そうか、ならいい。連れて行け。」


 リアムはセラスの瞳に何を視たのか、不適な笑みを浮かべ許可した。


「それでは失礼します。」


 一礼するとセラスはエラルドに目配せをして、そそくさと執務室を出ていた。エラルドも置いてかれないように小走りで出て行った。もうその時にはすっかり覚め、酔いは無くなっていた。




 執務室にはリアムとティアモだけが残された。


「心配する必要は無かったみたいだな。」


 リアムはティアモに視線を向けていった。ティアモはそれに微笑みを湛えながら「そうですね」とだけ返事を返し、2人が出て行った扉を見つめた。




「5分後に出発する。」


 普通は10分ぐらいかかる支度を5分でやれという、理不尽な命令が飛んでくるが、エラルドは何も言わずに淡々と服に武器を隠していく。その時間4分30秒。命令より少し早く終わり、大広間に行くとさっきまで羽織っていなかった真っ白なローブを羽織っているセラスが腕を組んで、壁にもたれ掛かっていた。


「ピッタリだな。」


 セラスは銀色の懐中時計を眺めて呟き、閉じるとそっとポケットに仕舞った。大広間に着いたのが丁度5分。多分支度と此処に来る時間を合わせて5分だった様だ。


「今回はアリアにゲートを作って貰ったから、それで目的地まで行く。」


 そう言うと普段は右に捻る扉を左に捻り開けた。扉を潜ると、何処かの裏路地に出てきた。


「今回の任務は実験体の救出だ。」


「実験体…まず此処は何処ですか?」


「此処はガベラ。金都市だ。」


 ガベラ。それは最近急激に発展した都市として有名な場所だ。カジノや巨大銀行など金に関する巨大な建物が建ち並ぶ、金が溢れている街。その為金都市と呼ばれている。一見美しく華やかな都市の様に見えるが、この街は弱肉強食の世界。ギャンブルで勝てば勝者、負ければ敗者。勝者には溢れんばかりの金を、敗者には奴隷として地獄の様な労働を。まるで此処は天国と地獄の狭間。此処に居るものは皆死んでいる亡霊の様な者達だ。


 と言うことは全ての亡霊が正常な筈がない。狂気に染まった亡霊もいる。それに目をつけた闇に潜む者たちが、金を得ようと煙草なんかと比べれれない程、非道な“麻薬”が売り始めた。


 表向きは「金都市」別名「狂気の無法都市」

 警察や政府は一切手出しの出来ない、狂った都市。そこで行われている実験。多分、いや、確実に悪逆非道な実験行為が行われているだろう。


 これからその場所に足を踏み入れることになる。

 不安と別の感情を抱えながら、エラルドは笑みを零し、セラスの後ろを歩いた。

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