第6話 初任務
外から差し込む暖かな日差し。爽やかな風はカーテンをはためかせ、頬を撫でる。そんな穏やかな朝の目覚め───
「起きろ!エラルド!」
耳を劈くような大音量の声でエラルドは目覚めた。穏やかな目覚めとはほど遠く、慣れない畳の上に敷かれた布団の上で目覚めた。まだ部屋が出来ていないため今は夜桜親子の部屋で寝ていた。アリアさんによると後2週間ぐらいかかるらしい。眠い眼を擦りながら横を見ると、ぴょんぴょんと跳ねている灰色の髪にふわふわな狼の耳、鋭く尖った小さい牙、全体的に可愛らしい容姿。
「雷牙くん??」
「そうだけど?」
「どうしたの?」
「は?どうしたのってエラルド以外みんな起きてんぞ。だから俺が起こしにきたぞ!」
「えっ…」
“みんな起きている” ??
ヤバい!みんな早すぎない!? まだ5時だよ。
そう思いながら勢いよく起きるとすぐに着替えをする。
「ボスが呼んでいたぞ。」
「教えてくれてありがとう。」
「んふっ♪ 俺偉いからな!」
可愛いなぁ。もしかして、誰かに偉いねって言われたことがあるのかな? そうだったら、もっと可愛い!ってそんなこと考えている場合じゃない。急がないと。
小走りで昨日最初に来た部屋、執務室に行き、3回ノックして自分の名前を言うと「入れ」と言われ、部屋に入った。部屋にはリアム=マーティン、ティアモ=ブリント、そして夜桜 紅がいた。
「遅れて申し訳ございません。」
謝罪の言葉を述べると「次から気をつけるように」とだけ言われた。そしてリアムは紅の方に目線を向け
「今日は紅と任務に当たってくれ。任務内容は紅が知っている。道中に聞け。」
と命令した。
「はい。」
「それでは、さっさと行こうか。」
「分かりました。」
執務室を出ると武器を服の内ポケットや靴などに忍ばせる。拳銃に小型ナイフ、警棒、毒針、超小型爆弾など。小回りの効くものを重点的に用意した。それは自分の特性を生かすようにするためだ。
「準備終わりました。」
鏡を見て違和感がないか確認し終わると、紅に声をかけた。
「任務について歩きながら話そうか。簡潔に言うと、とある組織のボスの殺害でありんす。」
「その組織とは?」
「シゥーでありんす。」
「シゥー?」
「東の方にある中の國の言葉で鼠と言い、ちょこまかと這い回る鼠達の組織。」
「それが今回の任務なんですね。」
「えぇ、ただリーダーを殺したところでしぶとく生き、逆にリーダーになりたい奴らが多いので、一時的な行動制限をするため。その一時的に停止している間に一気に殺す。それが今回の計画でありんす。」
「それじゃあ、今回の任務は結構重要なのでは?」
「そうでありんすね。わっちが居るのだから、そこまで気に負う必要はない。ただ、生温い湯に浸けておくつもりもないわ…」
弧を描くように上がる口角と細められた目から微かに見える妖しげな光。全てが今までとは別人のように魅せる。これが狐人。全ての生物を魅了し、騙し欺き、畏れられた古から生きる種族。
エラルドはその瞳に魅せられつつ、これからの任務に心を躍らせていた。
「此処が…」
目的地は想像以上に酷かった。色んな臭いが混じり合う “下水道” 、そこが目的地であるシゥーの拠点だった。
「本当に奴らは鼠じゃなくて、溝鼠じゃ。改名すれば良いものよ…」
眉を顰め呟く紅に共感しながらも、音を立てないように足音を消す。時々ポチョンポチョンと水の落ちる音が反響して、波紋のように響き渡り、鼓膜を震わす。眠りを誘うような水音を掻き消すように、何処からか笑い声が聞こえた。進んでみれば真っ暗な下水道に不自然な光が灯されていた。紅と視線を交わし、より慎重に近寄った。少し顔を出し、声の方を見ると2人の男が酒を飲みながら話し合っていた。
「おい、今回の報酬かなり良いみたいだなぁ」
「えぇ、そりゃ国の幹部を殺せたんすから〜」
「本当に愚かだよなぁ。同族が殺しを依頼するなんてなぁ〜 クックックッ!」
その会話には聞き覚えのある内容だった。それはこの国 “ルザリオ” のスラカ大臣が数日前に交通事故に遭ったことだ。まさか暗殺で、しかもシゥーが関わっていたとは。
エラルドは目を見開き驚いていたが紅はただ眺めているだけだった。その後も男たちの話を盗み聞きしたが大した情報は得られなかったので、別のところに移動することにした。網目のように張り巡らされた下水道でボスを見つけるのは、容易ではなく只々時間が過ぎていくだけだった。
「もう1時間以上歩いていますけど、見つかりませんね。」
「想像以上に隠れるのが上手いみたいねぇ。」
本当は使いたくないけど、これ以上時間を喰うのはこちらの体力など色々と不利になる。ただ、紅さんは我慢できるか分からないなぁ。
とある能力を使うのに悩んでいると
「エラルド、悩んでいるようだが作戦があるのか?」
「…あります。ただ、紅さんが耐えられるのか…」
「耐えられる?」
「超音波で調べるのですが、人間には聴こえませんが、狐人にはもしかすると聴こえるかもしれません。それに超音波がどれぐらいの大きさで聴こえるのかも分からないので…」
「エラルド、わっちのことは気にするな。エリミネイトの一員として、わっちもそんなこと如きでやられていたら仲間に、雷牙に迷惑かかってしまう。わっちはそんなことごときでやられる程、柔ではない。」
堂々たる姿で言うその姿を見てエラルドは決意を決め、静かに紅から少し離れた。
「久しぶりだな、この力を使うのは…」
目を閉じ呟きを零す。次の瞬間エラルドの背中に黒い翼が生えた。その羽は何処か蝙蝠の様だった。そのままスーッと限界まで息を吸うと、目を開くと同時に音と吸った空気を吐き出した。キィーンと超音波は発せられ、下水道を進んでいく。紅は「クッ」っと呻き声を零し、奥歯を噛み締め苦悶の表情を浮かべながら耳を押さえていたが、エラルドは紅を信用して気にせず続けた。
「見つけました!」
集中していたせいか、羽を仕舞うと疲れがどっと押し寄せてきた。調査の結果、1kmぐらい離れた所に隠れていた。ただ普通に隠れているのでは無く、隠し扉を作ってそこに隠れていたみたいだ。
「エラルド、疲れているだろうから休んでおれ。」
「でも…」
「丁度良い機会、わっちの能力を見るといい。」
「分かりました。」
そう返事をすると、見つけた所に案内する。超音波で見つけたから秘密の扉があるのに気づいたが、普通に通っていたら気づかないほど緻密に作られていた。
「花よ舞い踊れ。」
紅は隠し扉に風を送るように紅色の扇子で振ると、扇子から桜の花びらが舞い散り、扉に触れると切り刻んだ。開かれた隠し通路をゆっくり降りていくとボスらしき声が聞こえた。だが周りには他の仲間らしき奴らがいた。
どうするのかと見つめていれば、紅は堂々と進んでいく。エラルドは焦った様子で紅を見つめるが、誰一人紅に気がついた様子は見せなかった。敵は未だに呑気に酒を飲み、喋っていた。
「眠れ。夜桜花吹雪。」
背筋に冷たいものが走るような恐ろしいほど妖しい笑みを浮かべながら、艶やかな声が死刑の時を告げるように言葉を発した。
美しかった。夜の闇に輝き舞うような桜の花吹雪が、ボスの体を包み込み、神隠しのように存在全てを消し去った。欠片は一つも残さず消し去った能力に怖さもあったが、それより美しさと興奮の方がエラルドの中では勝っていた。
エラルドは興奮の色を隠すように仮面を被り、すぐに紅とこの場から離れた。多分今頃誰かがボスがいないのに気づき、騒ぎになっているだろう。
「なんで敵は全員紅さんのこと気がついていなかったのですか?」
帰り道疑問を口にすると目を細め楽しそうに笑い
「秘密。此処では話すものじゃないからね。」
そう言われた。実際どこに敵がいるのか分からないこんな街中で言うなど、危険があることに気がついた。
「では、今夜飲みながら話しませんか?」
「ほう、それは妙案であるな。よし、今宵は飲み明かそうよ。」
楽しそうに言う紅は妖艶な笑みを浮かべ、深淵を湛えた瞳でエラルドを見つめていた。
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