第3話 狂気の蛇

「本当に凄いなぁ。この空間拡張。」


 外から見た大きさと中の広さが違うのは、空間拡張と言う魔術を使っているからだ。しかもその魔術は特定の種族しか構築することができない。その種族というのが魔術を得意とするエルフだ。エルフは魔力、知識、魔術の構築技術がどの種族よりも高く、逆に人間は魔力や構築技術が低いが全ての人種が低いわけではなく一部の名門と言われる家系は全体的に魔力が高めである。そして人間は構築速度や少量の魔力で効率よく発動することが出来る特技がある。


 種族によって特技が変わるため、必ずしもエルフの魔術が優れているとは言えない。だが、魔力の多さや構築技術は空間拡張などの巨大魔術には必要になってくる。これだけの大きさに拡張していると言うことは、かなり技術のあるエルフがしたのだろう。この小さなビルを2倍3倍なんてもんじゃない十数倍にもするなんて神業だ。


「凄いですよね。彼女の技は。」


 大広間の階段の上から声が聞こえて見上げると、ふんわりとした茶髪に優しげな茶色の瞳。穏和そうな笑みを浮かべている男性がいた。2階に上がり、間近で見ると人間では無さそうな縦長のスリット状の瞳孔をしていたが、何の種族なのかまでは分からなかった。


「こんにちは、エラルド=フォリアと申します。よろしくお願いします。」


「初めまして、フロル=カルムって言います。仲良く出来たら嬉しいです。」


 フロルの挨拶にエラルドは内心ほっとしていた。理由は今日会った男性2人は怖そうな鋭い瞳と喋り方をしていたからだ。だから友達になってくれそうだと安心した。


「僕もフロルさんと仲良くなりたいです!」


 握手をしようと手を差し出すと、フロルさんも僕の手を握ろうと腕を動かした。その時チラッと長袖の下に鱗のような物が見えた。


「もしかして、フロルさんって蛇人ですか?」


「あぁ、そうですよ。もしかして、爬虫類嫌いでしたか?」


「いえ、全然大丈夫です。ただ目を見た時、人間ではないのに気づいていて、何の種族なのかなって気になっていただけです。」


「そうでしたか、良かったです。」


 握手をしようとしていたところを止めてしまったので、もう一度差し出すと握ってくれた。エラルドが笑みを零していると「あの…」と何か言いたそうにフロルが声をかけてきた。


「何ですか?」


 何を言われるのだろうと、首を傾げているとフロルは目を細め、怪しげな笑みを浮かべた。その笑みに一瞬背筋に冷たい物が走った。


「あの一つだけお願いがあるんですけど、僕の前では泣かないでくださいね。殺すまで泣かせたくなっちゃうから…って冗談ですよ。まぁ冗談じゃないかも知れませんけどね。ふふっ」


 フロルの口が紡いだ言葉は、とても恐ろしく、深淵を見ているような気分になり、手の力は抜け、繋いだ手が解けた。


「じゃあ、エラルドさん、また後で会いましょう。」


 にこやかに手を振り歩いていくフロルを、エラルドは呆然と見つめることしか出来なかった。エラルドが動き始めたのはフロルが1階に行き、完全に視界から消えてからだった。

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