#7 Fast Wing

#7 Fastファスト Wingウィング


 「驚いているようだな平等院」

 玖源がニヤリと笑って言った。

 

 それを見た上星が言った。

 「霊否、この戦い、棄権した方がいい」


 「なんでだよ」


 「この勝負何かがおかしい。

 玖源さんは霊否の異能の力を知った時、飛来悠李や七海入鹿も同じ異能を持っていることをなぜ僕たちに言わなかった?

 生徒会を倒すため僕たちは霊否の異能を分析をしていた。飛来や七海の異能は重要な情報源だったはずだ。

 でも玖源さんは隠していた。それはこの勝負で初めて僕たちに異能を開示したかったからだ」 


 霊否と上星がひそひそと話していると玖源が大声で割り込んできた。

 「なにをこそこそ喋っているのか知らんが、平等院。貴様に耳よりの情報があるぞ」


 「なに…?」


 「貴様はこの体育祭にあまり意欲的ではないようだな。だがそんなお前もこれを聞けばこの戦いに参加せざるを得ないだろう」


 「どういうこと…?」


 「私はお前の父親と知り合いだった」


 「は___?!」


 「もしお前たちがこの戦いで勝ったなら、貴様の父親について知りたいことをなんでも教えてやる」


 「なんだと…!?」

 

 「プリ―ムス・パールスとバトルフレーム初心者対決では面白みに欠ける」


 玖源はそう言ってフィールドの外へ出た。


 「私は一切手を出さない。これで2対3だ。これなら多少は接戦になるだろう」


 上星は迷っていた。この戦い、十中八九裏がある。

 だが、体育祭に優勝すれば生徒会室奥の部屋へ入ることができ、祟りの真相に近づける。

 仮に優勝できなくても初戦のプリ―ムス・パールスに勝ちさえすれば霊否のお父さんにことについて知ることができる。

 メリットはかなり大きい。

 

 「玖源さん、一つだけ教えてくれ」


 上星は言った。


 「玖源さんは俺たちの味方なのか?」


 玖源は何も答えなかった。



***


 フィールド上に選手が配置につく。


 赤チーム

  平等院 霊否:ストライカー

  上星 和成:ストライカー

  知念 姫子:ディフェンダー


 白チーム

  飛来 悠李:ストライカー

  七海 入鹿:ストライカー

玖源 煌玉:ディフェンダー(不参加)  



 「さぁー、それでは第一ラウンド……」

ラウンドガールである海星ひとで 萊夢らいむがフィールドの中央に立つ。


 「スタート!」

 萊夢がそう叫んだ直後、飛来が大きな翼を羽ばたかせた。


 「飛んだ!」


 突然の風に霊否と上星は思わず身を低くした。

 飛来はバサバサと羽音を立て、空中を旋回し、霊否たちを見下ろした。


 「俺達の姿を見て驚いただろう、平等院。」


 飛来は右手を前に突き出し、銃を持つ構えをした。


 「なら、これはもっと驚くかな。」 


 すると変身した時のようなキラキラとした閃光が、今度は飛来の右手から溢れ出す。


 「礼装神器れいそうじんぎ・ケリュケイオン」


 飛来の右手に大きな銃が現れた。

 

 銃の先端に周囲の空気が吸い込まれていく。

 空気は大きな塊となり、膨張し、エネルギーが蓄積されていく。


 途端に、蓄積された空気が一気に放たれた!

 フィールドに突風が吹き、霊否と上星は場外へと吹っ飛ばされる。


 「霊否!ウエボシー!」


 自陣の赤旗の前に立っていた姫子が叫ぶ。

 

 すると姫子の真横にも突然風が通り過ぎていった。姫子が見ると真横に飛来が立っていた。


 「ひっ…!」


 いつの間に。


 ものすごい速さだ。


 姫子があわてて木刀を飛来に向かって振り下ろすが、飛来は手で軽々しくそれを受け止め、反対の手で赤旗を取った。

 フィールドの外に立つ巨大な電光掲示板が、軽快な音を立てて1対0に変わった。


 ワアアアアアアアァァァァァ!!と歓声が上がる。


 「早速1点取られたぁー!」


 マイクを持った萊夢が叫んだ。


 「いきなり出たぁ、飛来悠李の十八番、空気砲エアキャノン!果たして二人は無事なのかぁーーーー!?」


 「あらら。もう終わっちゃったかニャ?」


 七海が言うと、フィールドの端から霊否と上星が這い上がってきた。


 「いってぇ…」

 霊否は毒づきながら上星を引っ張り上げる。


 「直撃は避けたか……」


 飛来は羽をゆっくりと動かしながら地面にふわりと降り立った。


 霊否達は飛来の放った突風を、フィールドの端に逃げることで避けようとした。

 直撃は避けたものの突風にあおられ、フィールドの外に投げ出されてしまったのだ。

 

 「言っておくが、フィールドの外に出たら場外反則で1点取られるぞ。」


 飛来がそう言った。電光掲示板が3対0に変化する。


 「これは10分持たないんじゃないかニャ」

 七海が言うと、


 「いや……」

 飛来は霊否達が自分の攻撃を避けたことについて考えていた。


 ケリュケイオンの空気砲エアキャノンを避けるとは。初見なら回避は不可能だと思っていたが。


  「アイオロス、奴の異能はなんだ。」


 飛来がそう言うと飛来の隣で煙が立つ。


 「まったく君はいきなり人を呼ぶねぇ…」


 煙はぬるりと動き、言葉を発した。顔の輪郭や手足が形づいていき、徐々に人の姿が形成されていく。

 

 アイオロスと呼ばれた男は、目鼻立ちの整った堀の深い顔立ち。筋肉質な裸体に絹を巻いた格好をしていた。

 サラサラの髪をファサッと上げて「ふぅん」と言いながら霊否の方を見た。


 「精霊の名前はメドゥーサ。血を操る異能だねぇ……、それにしてもなんだあの姿は…」


 「姿がどうかしたのか」


 「幼女のような見た目をしている。あれじゃあ全ての能力が解放できないだろう。

 今の能力はせいぜい人の動きを止めることが出来る程度だろうね。

 まあ仮に完全な能力が解放したとしても、僕の強さと美しさにはかなわないケドねっ!」


 「メドューサ……。ファム・ファタール、魔性ましょうの女か……」


 こいつ……メドゥーサがみえてんのか…?


 霊否は驚いた。

 

 メドゥーサは自分にしか見えないものかと思っていたが、飛来とアイオロスと呼ばれていた男にもメドゥーサの姿は見えているようだった。

 異能を持っている者であればメドゥーサの姿は見えるということか?


 現に霊否にはアイオロスの姿が見えていた。

 アイオロスはメドゥーサと同じような異能を与える幽霊のような存在なのだろうか。

 つまり、飛来悠李もまた、霊否と同じように幽霊から異能を与えられた能力者ということになる。


 「てめえら、なにごちゃごちゃ喋ってる!?」


 霊否が飛来に飛び掛かると、


 「平等院さん、危ない!」


 七海が横から霊否に攻撃を仕掛けようとしていた。

 上星が霊否の前に立ちふさがり、七海の攻撃を防ぐ。


 七海の鋭く尖った巨大な爪と上星の木刀が激しくぶつかる。

 

 「お前の相手は俺だ!」


 「邪魔するニャ。」

 

 七海は上星を睨みつける。

 そして、七海の上星の木刀と押し合っている手と反対の腕が、突如巨大化した。

 

 獣のような手から生えた巨大な爪はより一層長く、大きくなっていた。


 七海は巨大化した腕を大きく振りかぶり、持っていた木刀ごと上星に容赦なく振り下ろした。

 上星は数メートル飛ばされたが、また場外反則で1点取られるわけにはいかないと、フィールドぎりぎりで止まる。


 「ウェボシー!」

 その時、姫子が叫んだ。


 「こっち!もっとこっち側で戦えば二人で倒せる!」


 Battleバトル Flameフレーム Colosseumコロシアムはポジションによってフィールド内で行動できる範囲が決まっている。

 ディフェンダーはセンターラインより相手側の陣地へ入ると反則になる。

 ストライカーは基本自由に動けるが、自陣の旗から2メートル内側には入れない。自陣の旗を2メートル内側で守れるのはディフェンダーだけだ。

 センターラインより自陣側に七海を誘導すれば、知念と上星の二人で七海を相手することが出来る。


 2対1なら、異能持ち相手でも勝機はある。


 「よし!」

 姫子の策を理解した上星は、少しずつ自陣側へ七海を誘導する。

 

 「ああ、なるほど」

 七海も、上星と姫子の策略に感づいたのか、


 「それならこっちから行こうか?」


 と言うと、七海は自分からセンターラインから赤チーム側の陣営に移動した。


 「ほら、二人がかりで来いや」


 くっそ、完全になめられている。

 上星はそう思いながらも姫子と二人で七海に木刀を向ける。


 「行くぞ、知念さん…!」

 

 上星は木刀を握り直し、


 「おおおおおおおお!!」


 七海に向かって二人で突進した!



***


 ワアアアアアアアァァァァァーー!!


 「盛り上がっているな・・・」

職員室の窓から闘技場を眺めていた町山 盛教が言った。


 闘技場での歓声はここ南校舎の職員室にまで届いていた。

 大宗は町山先生が入れたお茶を一口飲んで答えた。

 「今日は体育祭ですからね。」


 町山先生は椅子に腰かけながら言った。

 「君は体育祭に出なくていいのかい?」


 「僕はああいうの盛り上がれないタイプなので。」


 「そうか・・・・」


 そういうと町山先生は自分の机の上にある古い写真を懐かしそうに眺めた。


 「君は2年B組だったな。」


 「はい。」


 「あの事件があったクラスも2年B組だった。教室の場所は違うがね。」


 「20年前の事件のことですね?」

 

 町山先生は頷いた。


 「20年か・・・不思議だ。1週間前の夕飯は思い出せないのに20年も前の事件のことはいまだに鮮明に覚えている。

 事件があったのは昭和63年の2月だから正確には26年前だがね。」


 人間は自分にとって恐ろしい経験は決して忘れないようになっているらしい。

 これは動物が本能的備わっている危機管理能力によるものだと言われている。

 過去に起こったできことを思い出し、これから起こる事態を予想して危機を回避する。

 過去にあった嫌なことや失敗してしまったことを何度も思い出して嫌な気持ちになるのもそのせいだ。


 「私も震災の時の記憶はつい昨日のことのように覚えています。もう3年も前ですが。あ、私中学生の時、千葉の方の学校にいたので。」


 「君は震災の時、何年生だったんだい?」


 「中学2年の時です。図書室で一人で本を読んでいるときでした。」



 2011年3月11日


 あの日は春休みも間近に迫って学校は早帰りだった。放課後一人で図書室で本を読んでいた俺は突然の揺れに襲われた。

 今まで味わったことがない大きな揺れ。校舎が破壊するのではいかと思った。本がドサドサと本棚から落ちる。

 学校にいた生徒は全員校庭に避難し、家が近い者同士で集まって即帰宅。

 家に帰ると無事でよかったと親が出迎えてくれた。俺も母が無事でよかったと安心した。

 

 母は大変なことになっていると言った。リビングのテレビを見た俺は驚愕した。


 今、日本で何が起こっているのか。

 

 津波が田畑を見る見るうちに飲み込んでいく。

 道路や、車や、電柱が破壊されていく。家が津波に押しつぶされ、無残に壊れる。

 船が建物の上に乗っかっているという異常な光景。

 これは本当に現実の出来事なのか?


 そう思った。



 大宗はあの日見た光景を思い出し、少し辛い気持ちになった。


 「すみません」


 「いや、いいんだよ」

 

 町山先生は窓の方を見ながらゆっくりと話しだした。 


 「___昭和63年2月24日、


 あの日もとても寒くて、ストーブを焚いていた。

 石油のにおいと乾燥した空気があたりを漂う中、数週間前に発生した壇ノ浦学園の生徒が襲われる事件で、学校中がその話題で持ち切りだった。

 うちの学校の生徒が襲われる事件が2回も起こって職員たちは朝から晩まであわただしかった。


 私は当時3年生の担任をしていた。卒業を目前に控えていた生徒たちを抱えていた私は

 この事件が生徒たちの進路に影響しないか、万が一事件に巻き込まれたりしないか、心配でならなかった。


 だが、私たちよりも遥かに不安なのは生徒たちだ。

 生徒たちは集団登校・下校の義務。休日は不要不急の外出はしないことが徹底されていた。


 あれは昼休みの時間だった。12時20分頃だったかと思う。

 生徒たちはお弁当やらコンビニや売店で買ったパンやらを食べたりしていた。


 私は職員室で早々に昼食を済ませ、今日実施したテストの丸付けをしようと教室へ向かっていると

 生徒がものすごい勢いで階段を駆け上がってきた。


 危ないなと思い生徒を引き留めようとすると、生徒の方から私に飛びかかってきた。


 『先生、先生!早く来て!』


 その女子生徒は青ざめた顔で私に言った。見ると手には血がついており、私の白いポロシャツを赤く染めた。


 『どうした?怪我したのか?』


 『助けて!トイレ、トイレで暴れてる子がいる』

 生徒は全身ガタガタと震えていた。


 『なにがあった?説明しなさい』

 私は生徒の両肩を掴んで半分どなるように言った。


 『一階の女子トイレ!早く来て!』


 わけがわからず、私はその女子生徒をすぐ保健室に行くよう指示し、一階のトイレへと向かった。

 階段の壁のあちこちに血がついていた。さっきの女子生徒がつけたものだろうか。


 階段を降り、右に曲がるとすぐに女子トイレがあった。扉がキイキイと音を立てて閉じたり開いたりしていた。

 中からうめき声が聞こえた。


 トイレの前に生徒たちが数人群がっていた。私は生徒たちに教室へ戻るよう指示し、女子トイレの扉を開けて中をのぞく。

 

 3人が床に倒れてうずくまって、うめき声を上げたり、お腹を押さえたりしていた。

 

 生徒たちの白いワイシャツに血が大量についていた。服だけではない。トイレの床や壁、手洗い場、鏡などあちこちに血がついていた。

 床のタイルの間を血がつーっと流れていく。


 トイレの奥の壁に3人、生徒がいた。


 1人は壁にもたれかかり、うつむいていて動かない。


 その隣に、あいつがいた。


 悪魔がいた。


 猫背の体がぬるりと動いて、私の方を向いた。


 あたりが血まみれで、生気を失った地獄のような空間の中で、その女だけが、まるで別次元の生き物のようだった。

 混乱することもなく、人を殺したとは思えない落ち着き払った様子でこちらを向いた。


 右手には調理実習で使用する包丁を持っていた。凶器から血がぽたぽたと垂れていた。


 左手は壁にもたれかかっているもう1人の生徒の髪を乱暴につかんでいた。


 髪を掴まれた生徒は白目を向いており、首がありえない向きに曲がっていた。

 首がパックリと割れているのが見えた。開いた断面から血が脈を打つようにぴゅっと噴き出していた。 


 私は一目でこの子はもう助からないと思った。

 大量の血が、まるでペンキを力いっぱい壁にぶちまけたかのようにトイレの白い壁を真っ赤に染めていた。


 ぼさぼさの長い髪の間から、あいつの目が見えた。まるで獲物を捕らえた獣のように鋭い眼光で私を睨みつけていた。


 その姿を見た私は、


 もし、この世に悪魔が存在するとしたら


 きっと、こんな姿をしているのだろうと思った___」






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【次回予告】


 上星 和成だ。


 激化するプリ―ム・スパールスとの対決。異能を持っている七海に対して、どう戦えばいいんだ。

 圧倒的力を持っているあいつに…


 追い詰められた俺は自信をなくし、かつての自分を思い出す。

 弱くて、情けない自分を___


 次回、AstiMaitriseアスティメトライズ  #8「Clawクロウ Strikeストライク


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