第3話 傭兵
この世界の傭兵は元いた世界と少し違う。
僕の知っている知識としての傭兵は依頼を受けて戦闘や護衛等、荒事が関わる仕事である。
また、傭兵は企業の一つみたいになっていたかな。
それぞれの傭兵の会社があった気がする。うろ覚えだけど。
しかし、この世界では
この世界の傭兵は傭兵ギルドで個人情報を登録し、厳密な守秘義務の元、戦争関連の依頼を振ったり本来の冒険者ギルドらしい雑務や魔物・魔獣退治の依頼を受け付けている。
簡単に言えば僕らがライトノベルなんかでよく知る冒険者ギルドの役割と傭兵の仕事を合体させたようなものだ。
とはいえ、僕の生きる世界は戦乱の時代だから害獣退治は小銭稼ぎの扱いをされる事が大半だ。
だからこそ、戦争だけでなく害獣を倒してくれる傭兵は傭兵ギルド側も重宝している。
その一例として数年前の大規模な戦争で敗色濃厚だった極東の島国を逆転勝利にもたらした【ブラック・ベル】は魔獣退治も行って、傭兵ギルドが多額の支援を貰っている。
まあ、その代わり手続きの書類とか報告書類とかすごく面倒くさいらしいけど。
そもそも傭兵達の識字率が低いのもあってそもそもできない人が多いのが大部分だけどね。
どういうわけか、この世界の言語と文字は日本語を基本としてるから僕は問題ない訳だけど。
さて、僕は傭兵ギルドでその面倒くさい魔獣退治の依頼を吟味していたのだが、そんな折に周囲がうるさくて耳鳴りがしそうだ。
……本当はそこまでうるさくはないんだけどね。
「やあやあ、皆元気だったかな?」
今さっき話題に出したブラック・ベルの副団長、ナカイ・ムラヨシが傭兵ギルドにやって来て、周囲は湧き立っていた。
ちなみに団長じゃなくて副団長の彼が来ているのか、それは噂で色々推察されていて、書類関係が下手くそとか自分の見た目の気味悪さで遠慮してるとか、多種多様に噂されている。
実は一回だけだが団長のヴァリアル・グロウの姿を僕は見たことがある。
第一印象としては、まるで首無しのデュラハンみたいな姿だった。
実際に首が取れてるわけじゃないけど、全体的に黒いし、マスクも視界を確保する為の一筋のバイザーらしきもの以外は騎士の兜みたいなマスクだった。
服装も素肌を一切見せないもので、鎧だかパイロットスーツなのか分からないものを着ていた。
体格からして男性だとは思うが、関わりたい人間の部類じゃないな。
というのが僕の感想である。
おっと、話が大きくそれてしまった。
「よし、このオークの討伐を受けるか」
騒がしいギルド内で、依頼が貼り付けてある掲示板から取ったのはオークの討伐。
今は金がないから手続きが面倒臭かろうがダガーの武装を鑑みて魔獣退治しかできない。
それにオークというのはSA乗りからすれば雑魚にしか過ぎない。
体調は小柄なもので10m、デカくて18mと人間からすればまるで巨人みたいな魔獣である。
オークは肥満気味の身体でパワーと防御力が高いイメージがあるだろうがその通りだ。
テンプレートなオークであるが、SAで戦えば話は大きく変わる。
SAは大体17〜18mを基本サイズとする人型兵器。
そして武装はアサルトマシンガンやバイブレイドでそれだけで同格以上。
そこにロボットならではの堅牢な装甲と鈍重なオークよりも早く動けるパワーとそれに伴う運動性の高さで、肥満気味の身体の重量で動きが鈍いオークを圧倒できるのだ。
傭兵になったばかりの新人がよく受ける依頼だ。
「これ、お願いします」
「かしこまりました。少々お待ち下さい」
受付嬢さんに依頼書を渡して後は契約とか諸々を受けるだけだ。
だけど、そんな安堵とは別にギルドに併設されている酒場の騒がしさが消えていることに僕は気付いた。
ふと、後ろに気配を感じて後ろを見るとそこにはナカイさんが。
「君が新入りでギルムスを持ってるっていう子かな?」
笑顔でそう聞いてくる彼。
傭兵の中で上位の実力を持つ彼が新人の僕に声を掛けるなんて想像もできないので、僕は思いっきりビビり散らかしていたと思う。
でも、絞り出すように「はい…」と答えた僕に彼はなるほど、といったような感じで僕を観察する。
「……彼が聞いたら何を言うか気になるなぁ。ま、死なないように頑張ってね。傭兵は戦争に生きる生き物なんだから」
ナカイさんはそう言い残して別のギルドのカウンターに歩いて、依頼の達成報告をする。
彼、というのは団長のグロウの事なんだろうか?
ブラック・ベルは5人のメンバーと整備士数十人で構成されているから、明確にナカイさんが指す【彼】が分からない。
まあどのみちいくら考えても無駄だから別の事を考えよう。
「お待たせしました。こちらに名前の記入をお願いします」
「はい」
受付嬢さんが戻ってきたので書類にあれこれ書く。
「あれ?文字分かれば全然楽に終わってる…!?」
ほんの五分程度、ペンを持って書いてたら終わってた。
僕の驚きに受付嬢さんは溜息を吐きつつ、その理由を教えてくれた。
「ギルドの方でも努力してかなり簡略化したんですけどね……やっぱり文字の読めない方が多くてかなり魔獣退治の依頼が溜まっているんですよね……」
トホホ、と悲しげに語る彼女に僕は同情しつつ仕事の内容を伝えるために宿代わりになっている格納庫に帰る。
格納庫にはエルリーネとギルムス・ダガーがあるが、エルリーネが留守番をすると――
「キャー!?」
ガタガタ!という物音と共にエルリーネの悲鳴が格納庫の扉の向こうから聞こえる。
「ああ、またか……」
僕は思わず手を額に当ててこれからどう片付けるか考える。
エルリーネは身の回りを綺麗にしたり整理することが好きだ。
それは本人も公言しており、僕は初めは彼女に任していた。けれど、その事を僕は今では後悔している。
彼女は掃除好きなのにそのセンスややり方が壊滅的に駄目なのだ。
SAの掃除をする場所で一番、砂埃なんかが入りやすい関節部分を掃除する時だって水で濡らした雑巾を持ってきて欲しいだけなのに何故か水を持ってきてぶっかけてしまうし、頭部のセンサーアイを吹くだけなのにモップを持ってくるしから、以降は絶対に彼女に片付けや清掃はやらせないと思っていたんだけど………
格納庫の中に入れば備品の修理キットの中身を派手に散らかして、エルリーネ本人はひっくり返ったのかバケツを頭から被ってる状態で寝転がってる。
「し、白パン…!いや、そうじゃない、そうじゃないだろ」
丈が短めのスカートから見えてしまった真っ白なパンツを目と記憶に刻んでしまったが、なんとかそれに夢中になることなく彼女を起こすために近付く。
「だ、大丈夫かー?」
「なんとか。なんで梯子を踏み外しちゃうのかなぁ……」
怪我がなくて良かったが、原因はやはりというか不注意である。
「エルリーネ、掃除は僕がやるから何もしないでくれ……」
「でも、男性って掃除を適当にやるじゃない」
「エルリーネがやるともっと散らかっちゃうからやめてぇ!」
どっちが掃除をやるかで少し時間を無駄にしてしまったが、とりあえずオークの討伐に向かうことに決めたことを伝えた僕。
「じゃあ私は留守番ね」
「いや、君も来てよ」
何を根拠に自分の出番はないと思ったのか。
確かにエルリーネは戦力としては論外だろうがサポートに徹すればそんなことは一切ない。
師匠の教えてくれた道具があれば、SAや魔獣にだって時間稼ぎくらいにはなるんだ。
そう伝えても彼女は半信半疑である。
とりあえず、現物を見せて練習しないと駄目だな……
エルリーネに師匠謹製のアイテムの使い方を半日かけて教えて僕はギルムス・ダガーでオークの集落がある鉱山跡にやって来た。
ゲレゲンの近くの山にあり、元々は鉄や銀が採掘されてゲレゲンの発展に貢献した鉱山だが鉱脈が途絶えてもう百年も経つらしく、廃鉱になったのだが適当に放置されればオークのような魔獣の住処にされるのは必然と言えるだろう。
まあ、その情報はゲレゲンのギルド内においてあるガイドマップに書いてあった情報だけど。
だが、オークに関してはしっかり傭兵ギルドが情報提供してくれている資料から生態やなんなら弱点なんかを書いてあったので、しっかり読んでおいた。
「SA並の巨体もいるのに人類の祖先から分かれた種とか信じられないよなぁ……」
あんまり信じたくないものであるけど、人類自体が元々が猿や鼠だった事を鑑みると割とあり得るというリアリティに僕は思わず背筋が凍ったよ。
「やめてよ、私も知りたくなかったのに…」
短距離通信用の通信魔導器で僕の言葉にやめろと言うエルリーネに申し訳無さを感じつつ、改めてオークの姿を確認する。
まさに、というべきか。
豚鼻にデカい身体にだらしない身体に醜い顔は思わず顔を顰めてしまう。
「……早く倒すか」
足元のエルリーネが鉱山を囲うようにある森に潜み、僕も行動を開始する。
ダガーは資金的にも武装的にも近接戦闘しかできない。
悲しいけど、アサルトマシンガンなんて一丁買うだけで万単位で金が飛ぶし、弾代もマガジン一つで1万グリッドもする。
現在、万年金欠の僕には高嶺の花、ならぬ武器である。
「ブヒィ……!」
機体をダッシュさせてデカい廃鉱への入口を見張るオークに突撃する。
あちらもこちらを視認したようなので、錆びたバイブレイドをこちらに向ける。
無論、オークがバイブレイドの使い方を知ってるわけがないので高振動時の高音は聞こえない。
「でいっ!」
揺れるコクピットの中、腰部のビームサーベルラックからビームサーベルを抜刀。
すれ違い際にビームサーベルの光の刃を発現させ、オークのデップリとしたその腹を斬り裂く。
「ブヒッ……!?」
血飛沫は出ない。
斬られた瞬間、その傷は焼かれているのだから。
激痛のせいか、悲鳴もあげれず死ぬ様はそれを振るった僕でさえ思わず畏怖する。
「ビーム兵器……まさにチートアイテムって奴だな」
だが、オークは放置していれば人里に被害をもたらし、人間を攫う。
攫われた人間の多くは女性で、彼女らがどうなったかは……まあお察しの通りだろう。
この武器を振るうに躊躇は一切ないと断言できる。
「ブフッ…!!」
「グオォォォォ!!」
「クソッ!」
不味い、バレてしまった。
「オグル!突っ込みなさい!」
エルリーネ!?と、僕が驚愕する暇もなく彼女の投石紐で投げた物がオークの顔面にヒット。
ピンクの粉末がオークの顔に引っ付き、視界を塞ぐ。
そして、師匠から教えてもらった【臭玉】の真価が発揮される。
「ぶもぉあ!?」
「くっさ!?」
エルリーネとオークの距離は100m。
廃鉱内という密室状態のもあってか臭いがエルリーネの方にも来ているようだ。
「エルリーネ!出口を見張っててくれよ!」
「分かってる!」
しかし、これ以上は人の身でオークに立ち向かうのは厳しい。
臭玉は、塗料と粉末状にした【ニオイダケ】を塊にして乾燥させただけ。
SAにはペイントで目になるセンサーを潰し、魔獣達には臭いと目潰しで追い払ったりする時間稼ぎが目的のアイテムだ。
間違っても魔獣を殺す道具ではないし、SAを破壊する兵器でもない。
気を張り詰めて僕は操縦桿を握り直す。
「……やるぞ!」
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