第2話 エルフの事情


僕が目覚めて最初に見たのは牢屋のくたびれた天井だった。


「こ、ここは……牢屋?」


まさか逮捕された!?犯罪なんてしてないのに!

そんな思いで跳ね起きるが体中で激痛が走る。


「アガガッ…!?」


「動かないで。貴方、体のあちこちが筋肉痛よ?」


それを先に言って欲しいけどその文句を言えるほど余裕はない。

痛みに耐えながら横になると、あのエルフの少女が僕を見下ろしていた。


「はぁ……ひとまずの安全は確保されたけど、こうなることは想定済み?」


嫌味みたいに、いや嫌味なんだろう。

悪い事もしてないのに捕まってるんだからそりゃそうだよね。


「ごめん……」


「別に貴方が全部悪い訳じゃないわ。むしろ、私は巻き込んだ側なんだから」


そう彼女が言うのと同時に牢屋の外から足音が聞こえてくる。


「エルリーネ・ルオンラ、オグル、両名とも来い」


どうやら牢屋を管理している兵士らしい。

未だ地方では鎧兜が軍服代わりになっているが、重くないんだろうか。

偉い人は僕の知る軍隊の服装に近いものを着ているが、まだ普及していないのか?

まあそれはともかく、言われたからには出なければならない。

なんとか起き上がって痛みに堪えながら歩くが、力が抜ける。


「もう、我慢せず私に頼りなさいよ」


「あ、ありがとう…」


エルリーネ、か。

彼女らしい名前……って言うには馴れ馴れしいか。

エルリーネに背負われて僕は牢屋から出て、兵士が案内する場所に歩いていった。






























僕達が案内された場所は兵舎の食堂だった。


「おや、例の子かい?」


初老の女性が前を歩く兵士に問いかける。

恐らく、ギルムスの事が皆に伝わっているんだろう。

まあ、ポンポンと見つかるものじゃないし話が広がるのは早いだろう。


「アンタ、名前は?アタシはユリーア・ヘルゲルト。ここの食堂を仕切ってる」


お婆さん……ユリーアさんが僕に指を指しつつ名を問いかけてくる。

ここで返さないのは普通に礼儀に反する。

僕も名前を教えた。


「オグルです」


「オグルね、エルリーネちゃん、この子は成長次第でいい男になるよ」


値踏みするような視線を僕に向けた後、彼女はエルリーネにそう言うが食堂でたむろっていた兵士の一人が聞いていたらしい。

彼女の言葉に反論した。


「婆ちゃんの人を見る目は節穴だから気を付けろよー!」


「ちげぇねぇ!ギャハハハ!」


「うるさいよ!アンタらはサボってないでとっとと巡回に行きな!でないと明日の朝飯はパン一つだよ!」


笑う兵士達だったが、しっかり胃袋は掴まれているようで慌てて食堂から出ていく。

それを見送ってユリーアさんは食堂から料理を乗せたトレーを二つ、持ってきてくれた。


「さて、既にアンタ達の分は用意してあるから好きなだけ食いな!」


「ありがとうございます」


そうエルリーネさんは僕を座らせて着席し、感謝して食べ始める。

僕も痛みであまり動かしたくない腕を頑張って動かしてシチューにパンを付けてから頬張る。

食べ始めるとお腹が思い出したかのように震える。

少しの間、何も喋らずクソ堅いパンを黙々と食べていたが結局あの後どうなったのか気になって聞いた。


「エルリーネ……さん」


「なに?」


「僕が気絶した後は一体何が起きたんです?」


僕の質問に彼女はあっさり答える。


「戦闘行為を行ったからスパイ容疑で捕まって今は釈放待ち」


「釈放待ちって……いやいや、どういうことなの」


捕まるまでは分かるのだが、釈放の意味が本当に訳が分からない。

そんな僕にエルリーネはこう答えた。


「状況証拠と物的証拠でなんとか誤解を解いたわ。感謝してよね?」


「ありがとうございます…!」


未だ疑惑は残るだろうが少なくとも自己防衛の為の戦闘ということで、一旦の釈放はしてくれるということだろう。

襲ってきていた奴らは死んだか逃げたし。

彼女には頭が上がらないが、そうなるとギルムス・ダガーはどうなるんだろうか?

僕の知るギルムスの扱いは最初に見つけた者の物だと、鉄狩り屋の掟としてはそう決まってる。

その疑問に一旦箸休めしている間に、いつの間にか食堂の出口に立つ一人の中年男性がいた。


「エルリーネちゃんとオグル君、で合ってるよね?」


「は、はい」


手入れする暇が無いのだろうか?

髪は縮れ髪になっていて若干フケも被っている。

そんな彼にユーモアさんが頭を叩く。


「こら!アンタ、頭洗ってきてから来なさいよ!飯が不味くなるじゃない!」


「か、母ちゃん。んなこと言われても最前線の砦だぜ?書類仕事が終わらないんだよ……」


「んなことどうでもいいから洗ってきな!書類はアタシがちゃんと渡しとくから」


ユーリアさんに食堂から追い返される男性。

どうやら会話からして親子らしいが……いや、深く聞くことでもあるまい。


「うちのバカ息子がすまんね。読み書きができるからって文官に志望しておいて身だしなみをキレイにする事すらできないんだから……」


「大丈夫ですよ。でも、ユーリアさんは何故こんな所に?」


愚痴をこぼすユーリアさんだが、先程の男性が息子だとするなら彼女は何故ここにいるのだろうか。

ふと横を見るとエルリーネも興味を持っているようで、エルフ特有の細長い耳がピクンと揺れる。


「アタシは元々この砦で兵士達の飯を作る女将をやってるからね。元々飲食店を経営してたが、バカ息子が経営失敗してね」


「あ……すみません。嫌なことを思い出させてしまいましたね」


これは地雷を踏んだかな、と僕はすぐに謝る。

だが彼女は気にしてないようで、豪快に笑う。


「かっはっはっ!別に今は気にしてないよ!でも、アンタも金の扱いには気をつけるんだよ?」


先人のありがたいお言葉を貰いつつ、僕らは飯を食べ切って釈放の際の書類に名前を書いてようやく砦から出た。

本当に名前を書くだけで、ちょっと拍子抜けだったけど無事に出れて安心感が僕の心を包む。


「でも残念ね。ギルムスの武装を持ってかれちゃって」


「まあ、ビーム兵器がすごく貴重なのは確かだからそれで釈放されるなら2本くらい構わないよ」


この世界ではビーム兵器は軍の接収の対象だ。

どこの国もかつての大戦の遺物を求めていて、特に最強の武器と言っても過言ではないビーム兵器は現物を売るだけで何億もする。

僕としてはこの灰色人生から逃れられれば良いんだけど、まあ隣の少女がギルムスを知っていた以上、持ち主は彼女だろう。

書類上じゃ僕が見つけたことになってるが、僕としては返しても良いと思っている。


「ねぇ、貴方はこれからどうするの?」


「え?」


砦の門から出てエルリーネからそう聞かれた僕は一瞬、どうしてそんな事を聞くのか分からなかったが彼女がジト目でこっちを見てくるので気恥ずかしいがら答える。


「特にないかな……」


「は?」


「え…?」


なんか凄い睨みつけられていて僕は困惑する。


「いやだって君を助けれたし、あっそういえば壊したこと傭兵ギルドに伝えなきゃ……」


独り言をブツブツと言い始める僕に、彼女は軽くチョップしてくる。


「あう」


「何も無いならこのギルムスで私を守って。これからも私は昨日のアレに追われるだろうし」


「それって本当!?」


遂にこの日が来ちゃったのか、なんて思っちゃったがすぐに思い直す。

前世ではよくライトノベルなんかを読んでいたが、僕が生きているのは例え想像上の世界だとしても現実なんだ。

浮かれては駄目だ、そう自分を言い聞かせて改めて彼女に問う。


「一体なにをやったんだ?」


「私は何もしてないわよ。私も何故追われるのか分かんないわ」


彼女にも追われる原因が分からないようだ。

もしかしたらしょーもない理由で追われている可能性もあるだろうが、分からないものを考えてもどうしようもない。


「とりあえず分かった。守るよ、首を突っ込んだのは僕だし。でもお金あるの?」


「え?」


「いやぁ、鉄狩り屋と言っても別に傭兵じゃないし、ちゃんとお金貰えないと僕も金欠だし」


「ちょ、ちょっと待って……」


エルリーネが背負っていた小さめのバックから財布……巾着袋を取り出して中身を確認する。

そして顔を青褪めた。


「………一万グリッド」


そう言って袋から取り出したのは一万グリッド紙幣。

日本円にして一万円。

物価が日本よりなのは何故だとかは考えてもキリがないから良いとして、エルリーネの金銭感覚を少し疑う。


「だったらチームを組んだ方が良いかな……」


「チーム?」


「知らないの?」


戸惑うエルリーネに僕は教える。


「傭兵ギルドは傭兵の為の組織なのは知ってるだろ?」


「ええ、そこは」


「僕ら鉄狩り屋はそこでジャンクパーツを売り捌いたりすることもあるけど、基本的に傭兵は傭兵ギルドで傭兵登録しないと駄目なんだ。そしてチームは傭兵同士が協力して依頼や任務を達成する為に人を集める仕組みなんだけど、本来はチームアップって言うんだけどね」


「というか貴方、傭兵じゃなくて鉄狩り屋なのね……」


「悪かったね!」


彼女の言葉を嫌味だと僕は解釈したが、その後に「それにしては……」と呟いた彼女に僕も少し違和感を抱くがどのみちこのまま砦の前にいると門番に怒鳴られそうなのでギルムスを起動させる為にコクピットに向かう。


「とりあえず詳しい話は街に行ってからにしよう。本当に発見者が所有権を持つ条約があって良かったよ……」























ノステレア王国の北東の国境付近にある街【ゲレゲン】は、穏やかな気候とゴーヤル平原に囲まれた地形にある。

広大な平原故に凶暴な魔獣が住みにくい上、魔力溜まりが起きづらく、魔物が発生しても子供に踏み潰されたりするくらい弱い雑魚の微精霊くらいしかいない。

その街で僕とエルリーネは狭いコクピットの中でSAの貸出用の格納庫でギルムス・ダガーのメンテナンスをしていた。


「傭兵登録に2000グリッドも必要なんて。しかも整備士も雇うのに数万…」


「身分の証明証になるんだから、お金払わないと駄目だよ。それに世の中お金で動くんだから仕方ないさ」


メンテナンス、って言っても僕は整備士じゃないから師匠から教わったやり方をそのままやってるだけだ。

多分、本来のちゃんとしたメンテナンスよりかなり雑だろう。

機体の動力源である【マディック・コア】なんか掃除くらいしかできないし。

それはともかく、街に来てエルリーネと関わるうちに彼女についてある程度理解してきたと思う。


「エルリーネさん、実は貴族だったりする?」


「え?そ、そんな訳ないわよ。私は故郷のエリフリングからやって来た一般市民なんだから」


反応が凄く怪しいが、全エルフの故郷と言われるエリフリングは鎖国的な国だから彼女の言う通り、なんていうのもあり得るから確証が持てない。

それでもこうしてメンテナンスを手伝ってくれてる辺り、育ちの良さは分かる。


「それにしても貴方、あった時よりもなんか凄く落ち着いてない?」


「まあ、あの時はパニックになってたのもあったから……いつつ…」


痛む背骨に一旦腰を休める。

ギルムスの反応速度や運動性の高さは流石といったものなんだけど、それに僕の身体が耐えきれず筋肉痛を起こしているのが現状。

それも相まって自分でも今日はかなり落ち着いた感じだと思ってる。


「昔は冒険者ギルドなんて呼ばれてたのに、時代なのね……」


僕の休憩を見て彼女も休むが、手元には傭兵登録の際に身分証明証となるちょっと大きめのドックタグを手にそんなことを呟いていた。






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