無能力者
今日は例のブランとかいう科学者が来る日だ。早寝早起きからの激動のルーティンをこなし『ブランチ』へと赴く。準備万端の午前五時、俺を止められる者など誰もいない。
──みたいなノリでいられたら良かったんだが、今日は妙に緊張する。変だ。初対面の人に緊張したのは今日が初めてだぞ……これが恋というやつだろうか。
そして暇だ。やることが何もない。誰か話し相手でもいたら良かったんだが、まだ客の一人も来ていない。
俺は椅子に座り、俯くような形で目を閉じた。
一回寝ます。
○
──何か物音がして目が覚めた。相当長いこと寝てたらしい。寝る直前までは外が薄暗かったのに、もうすっかり日が昇っている。
周囲を見渡すと、ドアの前に人が立っていることに気づく。物音の正体が入店時に開いたドアの軋む音と鈴の音だと分かった。
俺は急いで椅子から立ち上がり、持ち場に戻る。
「い、いらっしゃいましぇ!」
寝起きのせいで噛んだ。まぁいいか。
店に入ってきたのは、前世で言うところの韓国マッシュのような髪型で、メガネをかけ、白衣を着た長身の男だった。よく見るとクマがひどく、頬も痩けており不健康な印象を受けた。
俺のことを見ると、何かを納得したように頷いた。
「あなたがマハト君ですね? お会いできて光栄です。私はブラン・G・テリエルギア。ご存知の通り、世界一の天才科学者です」
あ、めんどくさいぞこの人。クリシスと似たオーラを感じる。寝起きで最初にこれ対処すんのだるすぎるだろ。
「ブランさん、待ってましたよ。で、後ろにいるのは誰ですか?」
別に人影が見えた訳では無いんだが、何か違和感を感じた気がしたのでつい聞いてしまった。
「おや、気づかれましたか。この子は私の娘、ノワール・G・テリエルギア。どうしてもついて行きたいと聞かないので、仕方なく連れてきました。
迷惑はかけないようにと言いつけてあるので、特に問題は無いと思いますよ」
まじで人いたぞ。こわ。
ブランの紹介を受け、ノワールが後ろから姿を現した。シャギーボブの黒髪、生気が感じられないほど白い肌、質素な衣服、細身の体…… 様々な特徴から、こけしのような女の子だと感じた。少し不気味な雰囲気もあるしな。
「お父様の言う通り、私は利口なので迷惑をかけることはありません。お気になさらず」
「あ、あぁ。好きに過ごしてくれ」
○
俺とブラン、ノワールはバックヤードへ移動し、そこで待っていたクリシスに導かれひとつのテーブルに座った。ブランは俺たちに再び自己紹介をすると、次に碇ゲ○ドウのポーズを取る。少し、空気が緊張した。
「早速、本題に移らせていただきます。
私は、ただひとつの目的をもってこの場所を訪れました。私の願いはひとつです。あなたたちの活動を支援させて頂きたい」
クリシスはブランの言葉を不可解に思っているようで、眉をひそめた。
クリシスの気持ちも分かる。いきなり国の人間が来たかと思えば、協力するなどと言い出すのだから。第一、この村で無能力者を迫害させようとしたのはアレス王国側じゃないのか? 一体何が目的なのか。全く読めない。
「支援……ね。ブランさん、あんたはオレたちにどんな支援をしてくれるって言うんだ?」
その質問を待っていた。と言わんばかりのニヤついた表情を浮かべるブラン。
「そうですね、その前に御二方に話しておかなければならないことがあります。マハト君、あなたが押された烙印である”無能力者”の真実です」
「”無能力者”の……真実?」
「はい。無能力者という存在は、これまで魂転を持たない、つまり人格的に濃度の低い人間だとされてきました。しかし、私はその定義が間違っていると考えます。
きっかけは、ある実験の被検体に起きた異常でした。彼も無能力者でしてね。魂転を持つ者と、持たざる者の違いの真実を突き止めるための研究を手伝ってもらっていたのです。
彼と会話をしていく中で、どうやら彼にも信念があるらしいということが分かりました。たった一人の肉親であり、女手一つで自分のことを育ててくれた母親を、守りたいと彼は言ったのです。おかしいですよね? 彼には信念がある。なのに魂転がない。そうです。魂転を得られない人間は、人格的に濃度の薄い人間ではない可能性が出てきたのです。
そんなある日、ある事件が起きました。通称『捌罪魔事件』と呼ばれるその事件は、捌罪魔と名乗るそれぞれがひとつの”罪”を代表する八体の魔物たちが起こした襲撃事件です。
そして、その現場に立ち会ったのが私たちアレス王国直属の研究員と、被検体だった。
私たちは捌罪魔の内の一体の魂転により、魂転、魔法の使用が封じられていました。人間は思ったよりか弱い生き物です。魂転が使えなくなった途端に、武術の経験がない者から殺されていきました。私と被検体はなんとか逃げ回っていましたが、ほかのメンバーや護衛は数分で全員殺害されました。私は絶望し、一時は自らの運命を諦めましたよ。
しかしそこで、被検体の状態に変化が起きたのです。彼の筋肉が肥大化し、血管も膨張、蒸気を上げながらそこに立っていました。
彼は初めに、魂転を封じた魔物の方へと接近しました。接近と言うよりは、一瞬にして転移したような速度でしたがね。そして彼が蹴りを入れると、魔物の体はいとも簡単に、足が接触した部分から崩壊していきました。
そして彼は即座に私の元へ戻り、私を抱えてアレス王国へ一度の跳躍で帰還しました。その間約二秒。あまりの速度に私は気絶してしまいましたよ。
このようにして、私と被検体は生存したのです。彼は危機に瀕し、一般の人間には不可能なレベルの運動能力を発揮しました。そして魂転と魔法は使えない状況にあった。なら、彼をそうさせたのは一体なんだったのか?無能力者の存在意義とは?それらを確かめるために私は今動いているのです。
そして、あなたにも何か特別な力が宿っている可能性が高い。まずはそれを突き止めましょう」
無能力者に特別な力? いったいそれはなんだ……?
「あ、思い出した。確かダローガは一回目のマハトについて、天才だと語っていた。言語習得期間の短さ、記憶力、知識量、頭の回転など……全てが常人から逸脱していたらしい。
つまりマハトの特別な力は頭脳! ブランの言っていた被検体の筋肉や血管の発達と合わせて考えると、特別な力というのはもしかすると人体の限界を一時的に無視し、魂転と同等かそれ以上の能力を引き出す……って、なんで俺喋ってるんだ!?」
「すまない、マハト。ブランさんから頼まれていてな。『道』によって、お前の思考を公開させてもらった」
バックヤードにダローガがいきなり現れた。ブランが仕組んでいたのか……やり手だな。
「領主殿、協力感謝致します。マハト君、あなたの言った通り、特別な力……仮に『
ブランの言う通りだ。昔のマハトの異常性はこういうことだったのか。ていうか、今の俺も天才ならもうちょいマシな思考してくれよ。本当に今の俺の頭脳が特別なのか疑わしい。女児に恋するしな。
「結局、ブランさんは俺にどんな協力をしてくれるんですか?」
「おっと、言い忘れていましたね。ではお伝えしましょう。私は、今後行う予定の『捌罪魔』討伐作戦、そのパーティの一人にマハト君を推薦したいと考えています。これまで無能力者として蔑まれてきたあなたが実際に世界に貢献し、危険な存在を排除する。そうして初めて、あなたは真の意味で一度目のマハト君から託された使命を全うしたことになるのです!」
そうか……この男、考えたな。俺と協力することで、仲間の敵討ち、研究の完遂、捌罪魔討伐による地位の向上。少なくともこの三つを達成することが出来る。両者にとって利益しかない。
「分かりました。ブランさん、協力しましょ──」
俺が協力を受け入れようとした瞬間、ブランの拳が俺の顔面に肉薄した。
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