怒りの矛先

 カーセルと和解をした後、『ブランチ』を出た俺はカーセルと共にその父親、つまり村長の元へと向かっていた。


「俺みたいな無能を迫害する元々の理由って何なんだろ」


 俺が呟くと、カーセルは苦虫を噛み潰したような顔をした。


「迫害や差別なんてのは、大抵無意味に行われるもんだ。原因があったとしても、それは取るに足らないこと、考えても仕方ないことだろ。多分父さんに聞いた所で、同じような答えが返ってくるだけだとは思うぞ」


「まぁ、それならそれで諦めもつくわ」



 ○



「お、お邪魔しまーす」


 カーセルの家に入ると、まず長い廊下があった。外観からもそんな予感はしたが、どうやらここは金持ちの家らしい。装飾品や照明も多く、華やかな印象を受けた。ホコリひとつ見当たらないことから、掃除も欠かしていないようだ。使用人を雇っている可能性も十分にあるな。


 カーセルが先導して歩いていくのでそれについて行くと、廊下の最奥にある扉に辿り着いた。


「失礼します、父さん」


「入れ」


 カーセルが扉を開くと、先程の内装と違って、質素な部屋が広がっていた。小さな机と椅子がぽつんと置かれている寂しい部屋だ。


 椅子には、カーセルの面影をどこか残した、初老の男がいた。白髪混じりでガタイがよく、唇に何か刃物で切られたような痕が残っているのが印象的だ。この男がカーセルの父親か。怖い怖い。


「ダローガの息子か。何の用だ」


 ダローガの息子……ということは、ダローガとは元々面識があったのだろう。


「え、えと、こんにちは、マハトと申します。あの、教えて欲しいことがあって──」


 めっちゃ噛んじまった。


「聞いていた通り……記憶はないのだな」


「あ、ご存知だったんですか?」


「あぁ。ダローガから今回の件の概要は聞いた」


 村長はそう言うと、数秒、何かと葛藤するような顔をした後、一度深呼吸をし、再び言葉を続けた。


「俺はな、マハト、お前にこれまでしてきたことを申し訳なく思っている。だが、俺たちがどれだけお前を大切に思っていたとしても、絶対に、この村の仲間として受け入れてやることが出来ない……!」


「は?」


 言っている意味が分からなかった。こいつらは、俺のことが憎くて、それで迫害して、俺を自殺に追いやったんじゃないのか?本当に何を言ってるのか理解できない。


「えっと、村長は、俺が嫌いなんじゃないんですか?」


「それは違う。俺は、国からの命令を受けてお前のように魂転を持たない子を迫害するようにしむけただけだ。これに逆らえば、俺はおろか、俺の家族ごと殺されてしまう。仕方の無い……ことなんだ」


 申し訳なさそうにそう語る村長を見て、俺は無性に腹が立った。

 自分の都合で人を殺しておいて、こいつは謝って許されようとしてる。それも、村ぐるみで人の精神を傷つけて追い込んだんだ。その傷は今でもこの地に残り続けている。どう考えたってこいつは取り返しのつかないことをしてるんだ。許されるはずがない。


「なんだよ、それ。じゃあ父さんは、殺されるのが怖いからって、マハトをわざと嫌われるようにしてたってことか? ふざけんな! 大の大人がやることかよ!」


 カーセル……その言い分はきっと通らない。お前が言ってた通り、差別や迫害は取るに足らない理由で行われるものだ。今回の場合は村長にとっては重大な理由があってやったことだ。


 非常に腹立たしいが、ここはひとつ、俺が大人になって場を収めるしかないだろうな。怒りの矛先を、誤った方向に向けるわけにはいかない。


「仕方ないんだよ、カーセル。村長の言う通り、仕方ないんだ。俺たちは日々、あらゆる生命を利用して生きている。飯を食う、ベッドで眠る、自分の家で暮らす、服を着る……どんな行動も、犠牲を伴ってる。どう頑張っても、人は犠牲なしに生きていけない。だからさ、たまたま犠牲の側が俺だっただけのことなんだ」


「そんな──」


「だからこそ村長、あなたに要求します。もし罪悪感が、後悔があるのであれば、俺がこの先幸せに生きていくための手助けをしてください」


 村長は、虚をつかれたような顔をした。


「いいのか? 俺がしたこと、そんなことで許してくれるというのか?」


「そんなこと、とは言いますが、今の俺にとって大切なことは、それだけですから」


不可解そうな顔で少し考え、村長は答える。


「……分かった。あらゆる手を尽くし、お前を助けよう」


「期待しておきます」



 ○



村長との話し合いを終え、俺たちは帰路についていた。


「マハト、お前なんとなく大人になったよなー。まぁ、昔から大人びてはいたけどさ」


「もう遊び呆けてる時間はないからな。一刻も早く”計画”を完遂しないと」


 正直、村長からの支援がどんなものになるかも分からないし、まだ糸口が見えない。もっと頭良かったらいいんだけどなぁ……


「”計画”、ね。まぁ努力するのはいいけどさ、ずっと同じことしてたら幸せになんかなれないだろ? だから、今を楽しむのも忘れない方がいいぜ」


「まぁ、それもそうだな。今日のところは”計画”のことは忘れて、ゆっくり過ごすわ」


 そう言うと、カーセルは満足そうに笑った。


「それじゃ、また明日な!」


「おう、またな」



 ○



 その日の夜、自室で小説を読んでいた俺の元に、フィークスが走ってきた。


「おい、マハト!手紙が届いてるぞ!国からの手紙だ!」


「国から!?」


 国から直々に何の用だろうか。


 手紙にはこう書いてあった。


『マハト・シックザール様


 私はアレス王国国王直属の科学者、及び医者として働いているブランという者です。聞いた話によると、あなたは魂転を持たない、いわゆる無能力者だとか。

 そこで、特異な存在である貴方に協力していただきたいことがあります。


 ウーナ村村長、ディレン・スフマトーラ氏との協議の結果、その活動の詳細を伝えるため、直接お会いするという運びになりました。マハト様はこの手紙が届いた三日後、カフェ『ブランチ』にてお待ちください。


 ブラン・G・テリエルギア』


 いや、いやいや、いきなり話進みすぎだろ!村長と話をしたのは今日だぞ? 今手紙が届くはずがない……ということはあの村長、相当前から動いていたということか。中々やるじゃないか。


「面白くなってきた!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る