第89話 牢

「う……」


街の冒険者ローザは目を覚ました。


体を動かすのがつらいと感じる。


ローザは知らない事であるが、彼女は3日ほど眠っていた為食事もまともに取っていなかった。


ローザは働かない脳で、自分の身に何が起こったのか考えた。


ローザは面倒を見ていた新人冒険者がクエストをこなして独り立ちした祝いに酒場で飲んで自分の家に帰る所であった。


この町では数少ないBクラスの冒険者であるローザは、酔っていようと暴漢に襲われるくらいは対処ができる自信があったし、この町の人間でローザに手を出そうとする人間はいないと思っていた


しかし、夜道で背後から襲われて、反撃はしたもののそこからの記憶はぱったりと無くなってしまった。


「薬……か……」


口に出した言葉は、乾いた喉に遮られて途切れ途切れになった。


ローザは体がだるいのも薬が残っているか。などと考えながら、辺りを見まわした。


薄暗い小さな部屋だ。


鉄格子がある事から牢屋なのだろう。


目を凝らすと周りの牢屋にも沢山の人が収容されているのが分かる。


明かりのない部屋で何故ここまでわかるのかと言えば、それはローザが獣人の血を継いでいるからである。


祖父に蜥蜴獣人リザードマンの血を引くローザは夜間でもある程度はしっかりと色を認識する事もできる。


美人なのにこの歳まで独り身なのは、服を着ていれば分からない箇所だが、体の一部に鱗がある為、そういった事を避けて生きてきたからである。


ローザがクウォーターである事はアザレアとレンヴィルしか知らない。


ローザはそれから自分の置かれた状況を考える。


多分これは自分達が追っていた失踪事件に自分が巻き込まれたと言う事だろう。


色々と考えていると、扉が開く音の後に、カラカラと言う台車を動かす様な音が聞こえて来る。


その台車の音は止まりながらゆっくりと近づいて来て、ローザの牢屋の前まで来ると、先程までと同じ様に立ち止まり、鉄格子の前に何かを置いて声をかけるわけでもなく去って行った。


牢屋の前に置かれていたのは最低限の食事と言えそうな残飯の様な物で、牢屋にいる人達が生かさず殺さずといった扱いを受けているのがよくわかる物であった。


そして、この食事を配っていった人物の特徴を、ローザはしっかりと見た。


顔はヘルメットに覆われていて分からなかったが、あの鎧は見間違いようのない、この国の騎士の鎧であった。


教え子が騎士になった時に嬉しそうに店に来てくれたので間違いない。


「アザレアの言ってたことは正しかったのか」


アザレアは失踪事件に国が関わっているのではないかと予想していた。


ローザは流石に考えすぎだと言ったのだが、まさか当たっていたとは……


流石に母国がそこまで落ちているなど考えたくはなかった。


「ははは」


ローザの口から乾いた笑いが漏れる。


もう一度みんなに会えるといいな。


そうしたらあの人にもちゃんと……


薄暗い牢屋の中で、少しでも命を繋いで希望を繋ぐ為に、ローザは残飯の様な食事に手をつけるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る