第72話 緊急会議
アースランド城への移動の道中、ミステルトは遠巻きに見守っていたアリッサ達を呼び寄せた。
「ケイト、久しぶりね。ケイトが学園を辞めてからもう2年が経つものね」
「あ、ああ」
アリッサの言葉に、ケイトは戸惑いを覚えた。
アリッサ達としては、久々に会えた親友なのだが、ケイトの感覚としては、10十年以上前に仲の良かった同級生に過ぎなかった。
道などで、急に声をかけられて覚えてる?と聞かれた様な感覚である。
しかし、全く記憶に無いわけではなく、しかも、現実の様に歳をとった姿ではなく、ケイトの感覚の中では10年以上前だとしても、実際の2年で人の姿はそこまで変わるわけではない。
昔、仲が良かったよね。とまでは思い出せる断片的な記憶。
これまでの経験でミステルトや、ツムギの事を忘れていく恐怖に怯えていたケイトにとって、自分の記憶だけ年月が過ぎて抜け落ちていく時魔法の弊害を、今更ながらに自覚して、にさらに恐怖を覚えた。
「主、アリッサやエルサ達はな、主の為に色々と助けてくれたのじゃ」
ミステルトが説明をするが、ケイトは何かを考えている様で返事を返さない。
その姿を見て、アリッサ達は壊れかかった心はそう簡単には治らないのだと悟った。
そもそも、ミステルトが言ったアリッサ達の助けとはなんなのか。
なぜ、ミステルトやアリッサ達だけではなくリュクスまで森に駆けつけることが出来たのか。
時は少しだけ遡る。
アリッサ達は、自前の馬車を飛ばして来ただけあって、なんとか会議が始まる前にアースランドに到着する事ができた。
そして、ウィンダムの勇者とウィンダムの貴族の娘という地位を使って、集まっている国王達に、急ぎの謁見を申し込む事ができたのでった。
取り急ぎ国王達を呼び出してしまった事をお詫びしながらも、緊急の用件だと言う事で、五大大国の国王達に、魔王の真実を伝えた。
そして、今の魔王の現状。
フレミュリアの勇者が魔王の側近に手を出したが為に魔王の怒りを買ったのだと言う事実。
そして、魔王が無差別に人を殺していない事、手にかけたのは側近に手を出したフレミュリアの勇者だけだと言う事を考えるに、魔王の目的は勇者の討伐だと言う予測を伝えた。
アリッサ達の報告を聞いた国王達の反応は様々であった。
真実を受け入れ、これからを考える者、アリッサ達の言葉を疑う者、話題から外れ、これまで悪い噂の絶えなかったフレミュリアの迷惑勇者に苦言を表す者。
その中で、大きな反応を見せたのがアクアリア王ケミルトであった。
「我が国は、魔王ケイト殿の事を知っている。知っていて、彼の優しさに甘えて勇者召喚に踏み切ってしまったのだ」
ケミルトは、ケイトが人を滅ぼすどころか、襲う意思すらない事を分かっていながら、いつかは魔王の伝承の様になってしまうのでは無いかと恐怖し、勇者召喚に踏み切った事実を話した。
そして、アクアリアの勇者一行の引率と指導を頼んでいながらも、立場を隠したが故にパーティから追放すると言う不祥事を起こしていた事も報告した。
その後、ケイトと勇者の抜けたパーティは帰還命令を無視して逃亡しているが、ケイトは律儀にパーティが解散した事を報告しに来てくれたと言う事実も話した。
「私が早めに事実を報告していればここまで拗れなかったかもしれない。誠に、申し訳なかった」
国王同士が頭を下げる事はまずない。
なぜなら、頭を下げる事で政治的な問題が発生するからだ。
しかし、今回はそんな事を言っている場合ではないとケミルトは思い、責任を負う為に頭を下げた。
部屋がシンとする中、発言の許可を求めて手を挙げる者が居た。
「どうしました?許可します」
ウィンダムの女王マグノリアが背後に控えていた
「先程、アクアリア王は魔王の名前をケイトとおっしゃいました。アリッサ嬢、まさか?」
「はい。私達のチームメイトのケイトです」
「やっぱり……」
アリッサの答えに、イグニスの隣に七風花として控えていたアリッサの母シャディは右手を額に持っていき、イグニスは「ふむ」と唸った。
「マグノリア様、ケイト君は我が学園に在籍しておりました。2年ほど前、珍しく退学者が出たのを覚えてらっしゃいますか?」
マグノリアは、国王として王立学園の報告は逐一受けている。
2年前の件も、古いルールを利用して貴族、それも心身ともに育っていない幼稚な貴族の子供が気に食わない者の芽を詰んだとして、報告を受け、これから成長するであろう若い芽を詰む可能性のある規則の改善を検討する提案を受けてそれを了承した。
それがあったからこそウィンダムの勇者達はすんなりと学園に転入できたわけである。
「まさか、その時の生徒が?」
「はい。アクアリア王とアリッサ嬢の話を聞くに間違いないでしょう。魔王ケイトは、質の悪い貴族に虐げられても笑って受け流す程の人格を兼ね備えています」
王たる素質。
王であればこそ分かるが、自分の事をとやかく言われて怒る王は愚王である。
家臣の忠告に怒り、民の意見に怒り、自分の意見が通らなければ癇癪を起こす様な王は国を滅ぼす。
自分への苦言は笑って受け流し、忠告は一考の余地ありと家臣達に意見を求めて国を良くする。
しかし、一度自分の収める国や民に手を出されたならば黙ってはいない。
それが真の王だ。
「ワシらは魔王の認識を改めねばならんな」
言葉を発したのはエボルティア王だった。
国王の中で最年長であり、王としての経験も長い。
「我らが揃って頭を下げるだけで事が収まれば良いのだが……」
アースランド王もそれに同意した。
アースランド王は、愚王を撃って王になった人物だ。
王の頭が重くて軽いのは1番理解している。
王は、軽々しく謝罪などしてはならない。
しかし、国を、民を守る為ならプライドなど捨てて頭を下げよう。
「そうすると、会議の内容はだいぶ変わる____」
エボルティア王の言葉を遮る様にして、アースランドの晴れた空に雷鳴が轟いた。
「主なのじゃ!」
その雷に反応して、ミステルトは部屋を飛び出して行った。
「待って、私達も行くわミステルト」
「すみませんが、私達は失礼します」
王に対して失礼だとは分かっていながらも、アリッサ達はミステルトを追いかける。
エルサの挨拶に、マグノリアは頷き、アリッサの母シャディは娘を応援する様に声をかけた。
「リュクス、お前も行きなさい。王太子として、アクアリア王の全権を委任する!」
「はい!」
ずっとアクアリア王こ後ろに控えていたリュクスも近衛兵を引き連れてミステルトを追いかけて行く。
本来は、会議で王位継承権に変更が出た事と王太子就任の報告をする予定であったが、繰り上げる必要もあるだろう。
部屋に残った国王達の願いは、この件が、できるだけ平和的に解決できる様にであった。
これが、ミステルトが駆けつけるまでに起こっていた事である。
この後、アースランド城で、どの様に話が進むのか分からないが、平和的解決の準備は、整えられているのである。
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