第71話 罪人

「ミス……テルト?」


ケイトは、自分に抱きついて来たミステルトを、幻ではないかと、確認する様に、震える手で顔を触った。


「主、馬鹿な事を考えてはダメなのじゃ。勇者を殺しても憂さ晴らしにもならないのじゃ!」


目の前で話すミステルト、手に伝わる本物の感触に、ケイトは涙が頬を伝うのを感じた。


「主、我は初めての時に言ったのじゃ、強き者に惹かれて民は集まるのじゃ、そして強さに嫉妬した者は争いを起こし、大切なものを奪いにくるのじゃ」


ミステルトの言葉は、ミステルトが配下になった時に話した事であった。


「奪われない為には、王になり、国を作り、手を出すのはまずい存在だと見せつける必要があるのじゃ!」


個の力は弱い。全を滅ぼすほどの個の力であっても、相手は個の力だから弱いと勘違いする。


そうすれば、勘違いした者は芽を摘もうと手を出してくる。


その時に狙われるのは、強者の周りにいる弱者だ。


それをさせたくないならば、他者が勘違いも出来ない程に圧倒的な力を持った国を作る事だ。


強き個ではなく、強く大きな全になる事である。



「もし我が死んでいたとして、死んでから行動に移しても、遅いのじゃ!」



「よかった。ミステルト、生きていてくれて……」


「主、我の話は聞いているのじゃ?」


ケイトは、ミステルトが生きていた事実を噛みしめるだけで、今は精一杯であった。


ミステルトは、話を聞いていないのを察すると、この話は後にする事にして、ゆっくりと膝立ちから立ち上がり、優しく抱きしめてケイトの頭を撫でた。



2人の時間が流れる中、話についていけないのは、周りの勇者であった。


しかし、先程の話をそばで聞いて、毒気を抜かれたかの様に、折れた腕を押さえながらエボルティアの勇者ユイトは立ち上がって、ケイトを無視する様にリオとアスカの方へ向かった。


ユイトがケイトに攻撃を仕掛けたのは、リオがケイトにアスカが殺されそうになっているのを見て、ユイトに頼んだからである。


その脅威が落ち着いた今、満身創痍で戦うよりも、こうなった状況を整理した方がいいと考えた。


「おい、大丈夫か?」


ユイトの言葉に、リオはゆっくりと頷いた。


「これは話を整理する必要がありそうだ。おい、あんたは…無事そうだな?」


「リオちゃん、違うの、私はケイトに日本に返してもらうところだったのよ」


ケイトとユイトの戦いに口を挟めなかったアスカから真実が語られる。


リオは、以前ケイトに「日本に帰りたいか」と聞かれた事があり、自分の勘違いに気づいた。


アスカは殺されそうになっていた訳ではなかったのだと。



そうして、一旦この場が収まりかけたその時、その隙を見逃さない馬鹿者がいた。



「お前が魔王だったなんて、これで、俺が勝者だ!」



ゆっくりと移動していたレミントが、剣を振り上げてケイトとミステルトに斬りかかった。


その行動をチラリと横目でミステルトが確認するが、相手にするほどでは無いとばかりにケイトの頭を優しく撫で続けた。


そしてレミントは、剣を振り上げた横合いから、突然現れた人によって体当たりをくらい、吹き飛ばされてしまった。


「クソ、誰だ!」


地面に放り出されたレミントが体を起こして体当たりをした人物を確認する。


すると、そこに居たのはレミントの妹のリュクスであった。


リュクスの後ろにはアクアリアの近衛兵がおり、辺りを見渡すと、今駆けつけたであろう多くの人が増えていた。


怪我をしたユイトはウィンダムの勇者に治療されていたり、ケイトとミステルトの姿を遠巻きに見守るパーティが居たりである。



「リュクス、次期国王の俺に体当たりするとは何事だ!」



大声で叫ぶレミントを、リュクスは可哀想なゴミを見る様に見下ろして話し出した。


「貴様はもうアクアリアの王族ではない! 賓客であるケイト殿や勇者リオを不当に扱った罪、そして、その他諸々の余罪に関しても多くの罪がある罪人である! この場は私、リュクス・アクアリアに一任されている!罪人、レミントを捕えよ!」


リュクスの号令に、アクアリアの近衛兵が、レミントを捕縛する。


「クソ、はなせ!俺は次期国王レミントだぞ!」


レミントが喚くが、誰もが聞く耳を持たない。


レミントの捕縛を近衛兵に任せて、リュクスはケイトの方に近寄ると、リュクスは地面に膝をつくと、頭を下げて、ケイトに話しかける。


「ケイト様、この度の騒動、我が国アクアリアの不手際でございます。できれば、怒りをお納めいただき、五大大国での話し合いの場に足を運んで頂きたく思います」


「ほら、主、いつまでも止まっていてはいけないのじゃ」


ミステルトが、優しくケイトに呼びかける。


ケイトは、ミステルトの顔を見上げた。


その瞳は、今までの光の無い、濁った瞳ではなく、精気を取り戻した曇りのない瞳であった。


「ありがとう、ミステルト」


ケイトはミステルトに礼を言うと、1人でしっかりと立った。


「リュクス、その話、お受けしよう」


ひとまず、森の騒動は落ち着き、関係者は、アースランド城へと移動する事になった。

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