第67話 役に立たない魔法

ケイトは、ここ数週間の間、行く宛の無い旅を続けていた。


いや、目的地は勇者達のいる場所なのだが、何処にいるか、所在がわからない為、行く町行く町での冒険者ギルドで、勇者の情報や、ケイトの中では勇者と同じ扱いのトモヤやアスカの様な人物を探す為に、目立ちそうな王族のレミントの情報を聞いて回っているが、有益な情報は今の所は無かった。


今も次の町に向かう為、馬車に揺られているが、ケイトの風貌は目の下にクマが目立ち、頬はやつれ、この数週間で人が変わったかの様な印象を受ける。


ケイトは、1人になってから時魔法を使って時を止める事をしていない。


そして、真っ暗な心の中で、恐怖と戦う日々に、夜も眠れない事が続いていた。


ツムギが言っていた事が、今になってようやくちゃんと理解できる。


彼女と同じ恐怖を感じて初めて、この世界で、ツムギを送り帰した事が、彼女にとって正しかったと実感できた。


ケイトは、怒りのままにフレミュリアの勇者を日本に送り返した後、恐怖に負けてあの場所から逃げ出した。


ミステルトの死を弔ってやるのが、主人の勤めなのかもしれないが、ミステルトの死を受け入れるのが怖くてレティシア嬢に任せて逃げ出したのだ。


しかし、今となってはその事も後悔している。


ツムギが言っていた恐怖。


日が経つ程に大切だと思っていた存在の顔が朧げになっていき、思い出せなくなることの恐怖。


ダンジョンから帰って来て、倒れていた為にあの時はミステルトの顔を確認していない。


あの時、恐怖から逃げずに弔う選択をしていれば、最後に顔を見る事はできたであろう。



結局、泊圭人と言う人物は何も変わっていないのだと実感する。


異世界に来て肉体が若返った所で、染みついた心理は何一つ変わらない。


物語の様に、異世界に来たからと言っていきなり考えが達観して物事がうまくいく訳では無いのだ。


いつも、後になって気づく。


35歳を越えて、万年平社員の負け組人生と何も変わらない。


20はたちの時の同窓会で、学生の時にずっと憧れていた人に、学生の時に好きだった事を告げられる。


勿論酒の席での話だし、その頃にはその子は別に彼氏もいるのだから懐かしい思い出話の一つだろう。


あの時告白してれば。そう思った所で後の祭りである。


会社のトラブルで、お盆の連休が数日減ってしまい3日しか無くなった時、実家に帰省する予定を先延ばしにした。


母からは「お父さんも楽しみにしてたのに、1日でもこれないの?」と連絡を貰ったが、帰っても一泊しかできない為、疲れるだけだから、正月にも帰るからと言って先延ばしにしたのだ。


その冬、正月を迎える前に父は脳梗塞で亡くなった。


前日まで元気だったと、葬式で母に泣きながら伝えられた。


あの時、一泊でもいいから帰郷しておけば、元気な父の顔が見れた筈なのに、父は、楽しみに待っていてくれた筈なのに。そんな事を思っても、過去に戻ることは出来ない。


今回も、ダンジョンへ行かず、レティシア嬢に誘われた時に一緒に潮干狩りをしておけば、ミステルトの側にいれば、防ぐ事ができたかもしれない。


ミステルトが張り切っているのを見て、夕方までの時間潰しの為に、道中時魔法を使わなかった事を悔いても、もう遅い。


この時魔法の事を、フェルメロウがこんな魔法なんて言った意味が今になって分かる。


時魔法とは名ばかりで、時を止めることしかできない。


巻き戻す事ができればミステルトだって救えるはずなのに……


時を止めても自分だけは動き続け、歳は取らないが、どんどんと記憶は朧げになっていく。


創作物で、不老不死の人間が生きる事に絶望したり、寿命の長い種族の感情が希薄なのが今なら理解できる。


先程の様なエピソードは思い出せても、憧れた人や父の顔も、朧げにすら思い出す事は難しい。


元の世界にいる母の顔も、この世界で仲良くなったはずの人達の顔も、今はぼんやりとしか、思い出す事ができない。


ふんわりとこんな人だったと言う事さえ、既に朧げで、1番記憶の色濃いミステルトでさえ、こうして薄れていくのだろう。


それでも、ミステルトと言う大切な人を殺された、自分の世界を壊された記憶エピソードだけは記憶に残り、怒りの感情だけは消える事なく、ケイトの原動力として燃え続けていく。


新しい町、冒険者ギルドに向かう道中で、通行人か、それとも商人かは分からないが、魔王討伐の為の会議がアースランドで開かれるらしいとの噂話をしていた。


そこには、伝説の様に勇者も集まるのだとか。




なら、魔王自らそこに出向いてやろう。




ケイトはその噂を頼りに、アースランドへ向かうのであった。

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