第65話 周りの視線
「お刺身はあるかな?」
「お寿司はあるかな?」
ウィンダムの勇者、キイとカリンは、港町に着いた途端にこの調子だ。
魚を食べるのを心待ちにしていたのだろう。
「ねえカル、みんな行っちゃうよ!」
猫獣人のカルは、いつもの様な元気な声すら発さずに、瞳孔を縦長に細めてじっと塩焼きの魚を見ていた。
「ほら、バラバラに行動しないの、エルサ」
「分かってる」
アリッサが指示を出す前に、エルサは駆け出して行きそうな勇者2人の後ろ襟を掴んで捕まえていた。
「みんな、楽しみなのは分かるけど知らない土地で迷子になったら大変だからね、団体行動!」
リーダーであるアリッサの声に、皆が了解の返事を返した。
とは言え長旅でアリッサもお腹は減っている。
みんなの意見を聞いてお昼をどこで食べようか相談しようとした矢先、耳に入って来た言葉がアリッサ達の体を硬直させた。
「た、大変だー!勇者が現れたぞー!」
特に、勇者本人であるキイとカリンはあからさまに体をビクリと震わせた。
ウィンダムでは、まだ勇者を発表していないし、女王様からバレない様にと言及されているのだ。
しかし、杞憂だった様で、周りの目はこちらを見ていない。
ただ、当たりは少し混乱した様に騒ぎ出したのだ。
「なんだって、迷惑勇者がやって来た?」
「今度のターゲットはこの町か!こうしちゃいられねえ、船を隠しに行くぞ!」
「流石に勇者でも海を干上がらせたりはできないよな?」
どうやらこの町に、ウィンダム以外の勇者がやって来ている様だ。
しかも、その勇者は迷惑勇者と呼ばれている様子。
アリッサは、とりあえず慌てる町民を捕まえて話を聞こうと試みた。
「迷惑勇者ってのは、自ら伝説の勇者を名乗り、困り事を聞いては解決とばかりに村や町ごと燃やしてしまう災害の様なやつだ!」
噂と言うのは少し捻じ曲がって伝わる物だが、それにしてもそれは本当に勇者なのかと疑問符が浮かぶ様な噂である。
「勇者はドラゴンの噂を聞いてこの辺りを旅しているらしい、本当に勇者でもドラゴンに勝てるわけなんてないのに。もし本当にドラゴンがいたら、巻き込まれて近くの町は無くなっちまうだろうさ」
アリッサは納得した様に頷いた。
キイとカリンも初めはドラゴンに反応する様に目的地をフレミュリアに決めた。
話し合いで、もしドラゴンを見つけても逃げるに徹する事になるだろうし、2人には手を出さないと約束済みである。
教科書にしか載ってない様な災害で、ただの噂程度にしか思っていなかった為楽観的に考えていたが、異世界から来た勇者はやはり信じてしまう様だ。
「おい、勇者は海の方に向かったらしいぞ!」
「おい、今日はレティシア婆さんとミステルトちゃんが潮干狩りに行ってるはずだ」
「巻き込まれたらまずい、早く伝えに行こう!」
町の人達の中では、迷惑勇者が何かしでかす事は決定事項の様で、皆が慌てて行動に移す。
話を聞いていたアリッサ達も、本当に勇者なら一般人では敵わないだろうと予測して、勇者が2人いる自分達なら止めることが出来るだろうと、村人達と共に、迷惑勇者が向かったとされる海の方へ向かった。
アリッサ達が海岸の砂浜にたどり着いた時には、町民が危惧した状況になっていた。
背後から剣で刺されて砂浜で倒れている女性、駆け寄るお婆さん、そして、女性を刺したであろう少年が自慢げに高笑いをしていた。
「なんて事を!」
アリッサは町に着いた時、初めに宿に荷物を置いて来た事を後悔した。
腰にレイピアさえあれば、考えるまでもなく抜いていただろう。
しかし、このままではあのお婆さんにも危害を加えるかもしれない。
お婆さんを守る為、アリッサが動こうとした時であった。
「おい、あれ……」
エルサの言葉にエルサが指差した方を見た。
「え!」
「ケイト?」
「ケイトだにゃ!」
みんなが探していた人物がそこに居た。
しかし今はそれどころではない、お婆さんが手を出される前に動かなければ。
アリッサがケイトの事を後回しにして動こうとした時、迷惑勇者が物凄い音と共に吹き飛んだ。
何事かと思えば、先程まで迷惑勇者が居た場所にはケイトが立っていた。
お婆さんがケイトに何か伝えようとしているが、ケイトは聞く耳を持たず、一瞬で消えた。
次の瞬間には町民のざわつきが大きくなった。
言葉の中に「魔王」と言うワードが聞こえる。
その言葉を考える暇もなく、迷惑勇者の悲鳴が上がった。
ケイトが、一方的に迷惑勇者を攻撃していた。
その姿は、アリッサ達の知る、さやしくアドバイスをくれるケイトの姿ではなかった。
そして、最後に泣き叫び顔をぐしゃぐしゃにした迷惑勇者は光になって魔法陣と共に消えてしまった。
「二手に別れましょう、ケイトの方とあの女性を助ける方に____」
アリッサがみんなに指示を出している間に、ケイトは消えてしまった。
「アリッサ、とりあえずあの女性を助けよう」
「でも、あんな剣で刺されて無事なのかにゃ?」
「分からないけど、見捨てるわけにはいかないだろう」
アリッサ達が駆け寄ると、女性は奇跡的に息があった。
お婆さんの指示でお婆さんの家に運び込んで血の付いた衣服などを着替えさせた。
お婆さんの指示で男性は家の中に居ない。
学校で習っている為アリッサ達も医者が来るまでの間の処置を手伝ったが、不思議な事に傷が既に治り始めていた。
数分で、女性は目を覚ました。
そんなにすぐに目を覚ます様な傷では無かったはずである。
「ん……うぉ!背中が痛いのじゃ!」
剣で刺されたとは思えない叫びであった。
「ミステルトちゃん、あんた、大丈夫なのかい?」
「レーちゃん、どうしたのじゃ?そんな驚いた顔をして。ん?肺に穴が空いた形跡があるのじゃ?」
女性の言っている事は無茶苦茶であったが、刺された事は間違いない様で、身を守る為に意識を遮断して回復にエネルギーを使ったのだそうだ。
「レーちゃん、大変なのじゃ!」
「どうしたんだい?」
女性は、ふと思い出した様にお婆さんに話しかけた。
お婆さんも、先程死にかけだと思われた状況からの落差に、頭が追いついていない様である。
「主が帰って来るまでに貝をもっと取らないとなのじゃ!眠ってる暇などないのじゃ!」
「それなんだけどね、ミステルトちゃん」
お婆さんは、女性にこれまでの経緯を話した。
ケイトが魔王だと噂が立っている事も含めて。
「何をそんな当たり前の事を言っておるのじゃ?」
それに対しての女性の反応はあっけらかんとした物であった。
「そんな事よりも、主に置いていかれたのじゃー!」
ケイトが魔王という事実よりも、置いて行かれた事実で、女性の悲鳴が部屋に響いた。
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