第64話 覚醒
ケイトのダンジョン攻略はつつがなく終了した。
時を止めていた時間はまた短くなり、往復の時間は2ヶ月程度であった。
ケイトは攻略の間、楽しみにしていた事が待っていると、無表情だった顔を綻ばせた。
2ヶ月の期間といえど、誰とも会わないままで単純作業と化しているダンジョン攻略は心を荒ませる。
ステータス的には既にダンジョン攻略をする必要はない。しかし、ツムギの様に帰ることを願う勇者を帰す為にどれだけの魔力を使うか分からないのだから、ダンジョンがあれば、中のモンスターを倒して魔力を大気に充満させておく必要があった。
ケイトのダンジョン攻略時の心情はまるで単身赴任のお父さんだ。
この仕事が終わって休みになれば、家族に会いに行ける。
今回はそこに家族がプレゼントを用意して待っていてくれる。
早く仕事を終わらせて帰りたいな。
潮干狩りを頑張るミステルトを想像して、ケイトはそれを支えに単調なダンジョン攻略を頑張ってきたのだ。
それに……
ケイトは《収納》にしまってあったアイテムを取り出してそれを見た。
ダンジョンの初めの方の宝箱から出てきたアイテムで、能力としては体力が少し上がる程度の、ケイトにとってはゴミの様な性能の髪飾りであった。
しかし、この髪飾りの形が、ミステルトにプレゼントしたネックレスと雰囲気が似ており、セットでつけるとミステルトに似合うと思って持ってきたアイテムであった。
急なお土産だが、あの時の喜んでくれる姿を想像して、ケイトは帰り道を急ぐのであった。
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「レーちゃん!見るのじゃ!こんなにおっきいのが取れたのじゃ!」
「すごく大きいね、きっと主ちゃんも喜ぶだろうね」
掘り出した通常の倍の大きさはある蛤の様な二枚貝を掲げてはしゃぐミステルトの姿に、レティシアは顔を綻ばせた。
このミステルトを見ていると、夢を追いかけて町を出て行った孫を思い出す。
容姿は全然違うが、天真爛漫な姿は小さい時の孫にそっくりだ。
この子が主と慕う少年も、見た目にそぐわぬ礼儀正しい感じが背伸びしている様で微笑ましかった。
レティシアは、この2人の事を本当に孫の様に可愛がっている。
今日も、仕事が休みだからと、ミステルトが喜びそうな潮干狩りに誘った。
予想通り、ミステルトは昼ご飯を食べて日の一番高い時間が過ぎた今でも、楽しそうに砂を掘り返しては目を輝かせている。
歳のせいもあり、腰が辛く少し伸びをしながらまた掘り返した貝を自慢するミステルトを笑顔で見ていた。
その時の、少し遠くの方に砂浜に似つかわしくない鎧を着た人物が見えた。
レティシアが不思議に思い、声をかけようとするが、その人物は、蜃気楼の様にゆらりと歪んで消えた。
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ケイトは、町へと帰って来ると、そのままミステルト達が居る砂浜の方へと向かった。
ミステルトの初めの一言は大量の報告だろうか?
そんな事を考えながら、砂浜に向かっていると、砂浜の方から、レティシア嬢の悲鳴が聞こえてきた。
砂浜で、ケイトの目に飛び込んできたのは、信じられない光景であった。
剣で、背後から貫かれて横たわるミステルトとミステルトに駆け寄ってミステルトに必死に声をかけるレティシア嬢。
そして、おそらくミステルトの返り血であろう赤い血で鎧を染めた少年が意気揚々に笑っていた。
「危なかったな、御老人!悪しきドラゴンは僕が見事に成敗してやった!なに、礼は要らない、勇者として当然の事をしたまでだからね。 これでまた一つ勇者の伝説が増える事だろう!」
ケイトは、握っていたいた髪飾りを砂浜に落とした。
「ゆ……うしゃ?」
勇者がなぜミステルトを殺して笑っているんだろう?
ケイトの感情はぐちゃぐちゃになっていく。
殺伐とした心に、心の支えであったミステルトを亡くした喪失感が広がっていく。
なぜ、俺はダンジョンを攻略してきたのだろう?
もし、この勇者が帰りたいと言った時の為にわざわざダンジョンを攻略してきたのに、その勇者がミステルトを殺した?
なぜ、俺は勇者達の事を思って行動していたのだろう?
リオは帰りたくないと言った。
ツムギは帰りたいと言って帰った。
……そもそもなぜ俺は勇者達が帰りたいかもしれないなんて思ったのだろう?
なぜ、フェルメロウから勇者を帰す方法を貰ったのだろう?
ああ、そうか
俺は親切心でそんな事を考えた訳じゃないんだ。
俺は
ケイトは一つの答えにたどり着いて、そして、何かが壊れた。
ケイトは、勇者に瞬時に近づくと、勇者を殴り飛ばした。
勇者はケイトに気づく暇もなく、殴り飛ばされて、吹き飛んだ先にあった堤防にぶつかって堤防を崩して地面に落ちた。
殴られた鎧は砕けて穴が空いている。
突然現れたケイトに、レティシア嬢は驚いた様子でケイトを見上げて、震える声で何かを話そうとした。
「ミ____」
しかしケイトの耳にその言葉は届かなかった。
ケイトはまた瞬時に移動すると、勇者の首を掴んで持ち上げた。
「う……」
鎧の性能が良かったのか、殺さない様に力を抜いたとはいえ意識はある様だ。
ケイトは勇者を鑑定すると、勇者の名前はマサヨシ、《火精霊の加護》を持っていることからフレミュリアの勇者であろう。
「おい、マサヨシ、お前日本に帰りたいよな?」
「ま…魔王? なぜ、ここに?」
マサヨシはケイトの事を魔王と呼んだ。マサヨシの《鑑定》は性能がいい様だ。
「そんな事は聞いていない、帰りたいだろ?」
ケイトは質問をしながら空いている方の手でマサヨシの腕を握りつぶした。
骨が砕ける感触が手に伝わる。
マサヨシが叫び声を上げるが、ケイトはが聞きたいのは叫び声などでは無かった。
「なあ、帰りたいよなって聞いてんだよ」
ケイトはマサヨシを防波堤の壁に向かって投げた
マサヨシは抵抗できず壁にぶつかり、纏っていた鎧は先ほどの穴から亀裂が広がって砕けた。
「どうなんだ?」
ケイトは、返事をしないマサヨシに苛立って足を砕く為にゆっくりと、踏み潰す様にマサヨシのスネの上に足を置いた。
「まゃってくだしゃい、答えましゅ、ごたえますから」
涙でぐしゃぐしゃになった顔で、やっとマサヨシが返事をした。
「帰りだい、ごんな所嫌だ。ごんにゃ魔王に勝てる訳がない! 死にたくない、帰りだいぃぃ」
マサヨシの叫びは心からの物だったのだろう。
ケイトが《強奪》のスキルを使うと、マサヨシは元の世界に帰って行った。
マサヨシが居なくなった場所を見つめながらケイトは乾いた笑い声で笑った。
そして、次の勇者を見つける為に、この町から姿を消したのだった。
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