第56話 強奪

あの後、ミステルトがツムギをおぶって宿屋まで帰ってきた。


それから、ツムギは落ち込んで部屋に閉じこもっている。


と言っても、何も無い時は部屋に閉じこもって居るのだが、今とは理由が違うだろう。


ミステルトは、帰って来てからしばらくは落ち込むツムギを見て難しい顔をしていたが、しばらくすると何処かへ出かけてしまった。


ケイトは、決断する時なのだと考えた。


この数ヶ月の旅は、リオ達のお守りをして居る時と違ってとても心地のいいものであった。


世間知らずなミステルトに色々と教えながら、冒険者の夫婦に出会い、怠惰ではあるが根は優しいツムギがミステルトを世話して居る所はとても微笑ましかった。


精霊にあった後も、この旅ならば続けたいと思う程には、ケイトはこの旅を気に入っていた。


だからこそ、今回は以前とは別の意味で正体を晒すのが怖かった。


以前の旅で、自分と同じ様にこの世界に居たいと思う人間が居るのだと知った。


ツムギはどうなのだろう? この数ヶ月の旅は性格的にあまり面に出さないまでも、楽しそうであった。


ツムギもこの世界に居たいと思って居る可能性もある。


その場合、ツムギは勇者なのだから自分ケイトの正体を知れば敵になって離れていくのでは無いかという恐怖の感情があった。


初めはそんなものはなく、ミステルトが拾ってきた捨て犬や捨て猫の様なもので、精霊に会うという目的が同じなだけであったのに……


でも、あの落ち込み用は向こうに未練があるのだろう。


ケイトは、ツムギと話す覚悟をして、ツムギの部屋をノックした。



返事があって、ケイトはツムギに部屋に入れてもらった。


ツムギの目はやや赤く腫れている気がする。


ツムギは、ケイトを中に招き入れると、今までもそうしていたのだろう、ベットに上がって布団を頭からかぶって顔だけを出した。


ケイトは、部屋の椅子に腰掛けると、何から話していいのか考えながら話し始めた。


「ツムギが雷魔法を覚えたかったのはスマホの充電がしたかったからなんだな」


ケイトの質問にツムギはゆっくりと頷いた。


「そう。この世界に来て引きこもりのゲーム三昧をしてたら数日で充電がなくなった。それで、電気魔法の話を聞いてそれがあれば充電できると思って旅にでた。しばらくして気付いたんだ、スマホの電源が入らなければ家族の写真も見れないって事に……」


「家族か……」


ケイトそれもそうだと納得した。リオの事情が特殊だっただけで普通の高校生ならやはり家族に会いたいと思うだろう。


「2人と旅をしているのはとても楽しかったから、あまり気にならなかったんだけど、メルピアさん達にあってから気付いたの。私、だんだんママの顔を思い出せなくなってるの、パパも妹の顔も! 何となくは分かるの、でも、こんな感じだったと思う位で、優しかったとか、喧嘩したこととかは覚えてても…… ねえ、私、このまま忘れちゃうのかな? 向こうに居る家族は、私の事ちゃんと覚えているかな?」


ツムギの目からは、涙が溢れていた。


雷魔法を覚えて家族の写真を見るのが、心の拠り所であったのだろう。


この世界では、ツムギの年齢位だと独り立ちして冒険者をやっている人もいるが、日本ではまだまだ子供だ。


突然家族と別れて異世界に連れて来られても耐えられる訳がない。


この話を聞いて、ケイトの心は決まった。


「ツムギ、元の世界に、日本に帰りたいか?」


「そんなの、帰りたいに決まってる!」


ケイトの質問に、ツムギは叫んだ。


「なら、俺が帰してやろう」


「え?」


「俺が日本に帰してやると言ってるんだ」


「え? なんでケイトが日本の事を知ってるの? 帰すってなに?」


ツムギには、ケイトの言葉は唐突過ぎて理解できなかった。


「俺も日本人だ。そして、この世界に来て魔王として、勇者を元の世界に帰す力を持っている」


「なに、それ、召喚された時に帰れないって聞いた」


「それは、五大大国が帰しかたを知らないだけだろう?」


「それじゃ、私、帰れるの? 家族にまた会える?」


「ああ」


「うそ……帰れる?」


ツムギは、突然の事で実感が湧いていない様だ。


そして、話が終わった所でタイミングよくミステルトが部屋に帰って来た。


勢いよくドアを開けて、なぜか髪に枝が刺さった状態で部屋に入って来た。


「ただいまなのじゃ!」


「ミステルト……」


ミステルトの元気な声がしんみりした空気を消し飛ばした。


「ツムギ、大切な物が壊れて悲しいのは分かるのじや。だから、代わりになるか分からないけど、プレゼントを買って来たのじゃ。我は、主に貰ってすごく嬉しかったのじゃ。だから、ツムギの悲しいのが少しでもこれで無くなってくれるのを願うのじゃ」


ミステルトは、ツムギに大切に握りしめて来たであろうネックレスを差し出した。


その形は、ケイトがミステルトに贈った銀細工のネックレスととてもよく似ていた。


ミステルトが落ち込むツムギを見て難しい顔をしていたのはどうすればツムギが元気になるか考えていたからだろう。


「……ありがとう」


ツムギは、ミステルトからネックレスを受け取ると、それをじっと見つめた。


「や、やっぱりツムギには効果がなかったか?」


「ううん、ミステルトの気持ちがとても嬉しい」


「それは良かったのじゃ!」


ツムギが見せた笑顔にミステルトもニッコニコである。


ただ、これは根本の解決にはならない。


ツムギの願いは元の世界に帰る事なのだ。


心苦しくはあるが、ケイトは、これまで話した事と、ツムギの事情をミステルトに説明する。



「そうなのか、ツムギは家族に会いたかったのじゃな。別れは寂しくはあるが、仕方のない事なのじゃ」


ミステルトの反応は、意外とあっさりしたものだった。


「我は王じゃからな、別れには慣れてるのじゃ」


ケロッとしたものである。


「それじゃツムギ、始めようか」


「うん」


ケイトは、ツムギに向かって初めてのスキルを使う。


《強奪・勇者》


ツムギが望んだ事により、この世界で焼きついた全ての能力、スキルをケイトは奪った。


「後は任せたぞ、フェルメロウ」


『約束だもの、安心して任せておきなさい』


ケイトの耳に、フェルメロウの声が聞こえた気がした。


そのすぐ後、ツムギの周りにケイトが召喚された時の様な魔法陣が浮かび上がって来た。


「ツムギ、元気で居るんじゃぞ!」


「ミステルト、私、これ大切にするから、宝物だから、____」 ありがとう


ツムギの声は最後は聞こえなかったが、口の動きで何となく察することができた。


ツムギが居なくなった部屋で、ミステルトは大粒の涙を流していた。


「送り出す者は、笑顔でないといけないのじゃ、残す事を不安にさせてはいけないのじゃぁ」


ケイトは、自分の手が、ミステルトの頭に届かない事にもどかしさを感じた。


「ツムギはお前との思い出を大切にしてるよ」


ケイトは格好はつかないが、ミステルトにベットに腰掛けるように言って、腰掛けたミステルトの頭を優しく撫でた。


そして自分も隣に腰掛け、ミステルトが話す思い出話を、ミステルトが疲れて寝るまで聞き続けるのだった。

















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